M&Aにおける意向表明書・基本合意書の違いは?法的拘束力は?
公開日:2018年1月29日 最終更新日:2023年9月8日
M&Aのプロセスにおいては、意向表明書、基本合意書と呼ばれる書類が使われます。これらは用いられる時期・目的、それに伴う法的拘束力などそれぞれ異なっています。今回は、意向表明書と基本合意書のそれぞれについて理解を深めて、違いを見ていきましょう。
意向表明書とは何か?
意向表明書とは、企業売買において、買い手候補が売り手の経営陣や株主に対して出す書面のことを指します。英語ではLetter of Intent (LOI)と呼ばれます。
内容としては、自らその企業を購入したい意向が示されているほか、購入の際の希望条件が表記されています。具体的な項目としては、買収の目的、希望の買い取り価格、その際の資金調達方法、またどういう流れで売買を進めていくかという取引のスケジュール、どのような形態で企業を購入するのかという買収スキーム等が書かれています。
ここで会社の売却スキームについて少し解説します。売却スキームには大きく分けて二種類あり、その違いは「会社の全てを譲渡するか、会社の一部のみを譲渡するか」です。それぞれの方法にはメリットとデメリットがあります。
まず会社の全部を譲渡する際のスキームには、株式譲渡、株式交換・移転、合併があります。株式譲渡は中小企業のM&Aの際に一番よく使われる方法で、売り手が対価を受け取り、買い手に株式を譲渡するだけなので、手続きが簡単である点が特徴的です。株式交換では、売り手の株主が持つ株式と買い手の会社の株式を交換することでM&Aが行われます。株式移転では、持株会社を新設し発行済み株式の全てをその会社に取得させます。合併には大きく分けて吸収合併と新設合併があり、前者では購入する会社を既存の会社に統合し消滅させます。後者の新設合併は、新たに会社を設け既存の企業を統合する方法です。
続いて会社の一部のみを譲渡する場合のスキームには、事業譲渡と会社分割があります。このうち事業譲渡が中小企業のM&Aでよく使われます。事業譲渡では、売り手側が売る範囲を選択することができるため、戦略的に用いられることがあります。また、買い手側も引き継ぐ資産を選ぶことができるため、思いがけない債務を背負うことを避けやすいメリットがあります。会社分割では、売り手の会社がその事業について所有している一部、またはすべての義務や権利を買い手が引き継ぎます。この際も新たに会社を設立する会社に引き継がれる場合と、買い手の既存の会社に引き継がれる場合があります。
このうちからどのスキームでM&Aを進めていくかが意向表明書に記載されます。
意向表明書は、それを出すことによってM&Aの一連の流れが始まると位置付けられているもので、売り手企業はそれをもとに企業を売り渡すための具体的交渉を検討することになります。複数の買い手候補がいる場合、売り手はそれぞれの買い手の意向表明書を見て、どの買い手候補と交渉を進めていくかの判断材料にもなります。
基本合意書とは何か?
基本的な事項が合意できた時に締結される書類のことをいいます。この基本合意書の段階では、まだ契約が成立するわけではありません。しかし、最終的な契約書を作成するための基礎を提供する意味で重要なものとなっています。この意味で、「基本」の合意書とはいえ、プロセスはいくぶんか進行しており、意向表明書が買い手による初期の意思表明であるのに対し、最終契約の締結に至る前段階の中間合意と位置付けられることもあります。
基本合意書には、売買に際しての大まかな条件、M&Aの全体的なスケジュール、買収監査に関する事項、独占交渉権、有効期限、法的拘束の範囲などが記載されます。
これらを詳しく解説すると、まず売買に際する条件には、一部を買い取るのか、全部買収するのか、などといった買取対象の範囲、暫定的な買取価格等が含まれます。
スケジュールに関しては、成立までの大まかな流れが示されるほか、調査期間がどのくらい設けられるのか、そして最終的な契約の時期はいつになるのかなどが記載されます。
買取監査とは、M&Aに際して売り手の企業、つまり買収対象となる企業の財政内容、事業内容、法律面を調査し、その正確さを確かめることを言います。買収監査とは、詳細調査、デュージェリジェンス(DD)とも呼ばれ、これは買い手の企業から公認会計士などが派遣されて行われるもので、基本合意書の記載に基づいてその後に行われます。
独占的交渉権では、売り手と買い手の交渉期間中に別の会社と交渉を行うことについて制約が設けられます。売り手が買収監査など時間やお金、人的コストをかけてM&Aプロセスを行ったのに、気づいたらすでに他の売り手にその案件を買い取られてしまっていたということを避け、買い手の権利をある程度保障するためです。買い手としては独占交渉権を長時間確保したい思いがあることが多いですが、売り手としてはより良い条件を提示してくる買い手に売却したいわけであり、ここで独占的交渉権を売り手が買い手にどのくらい認めるかが定められます。
また、基本合意書は無制限に有効なわけではなく、有効期限がある期限付きの契約であることが特徴的です。そのため有効期限が記されます。
そのほか、M&Aを交渉するかどうかについて、一般的にはできる限り公表しない方向の規定が設けられ、これに拘束力も付与されます。公表する場合には、公表の時期や方法についてもここで定められます。しかし、上場企業の場合には金融商品取引所の規則により、適時開示をする義務を有する場合もあります。
また、M&Aがうまくいかなかった場合に備えて、トラブルの解決に関する規定もここで定められます。それに加え、海外の企業とのやりとりを含むクロスボーダーM&Aの際には、どの国が管轄し、どの国の準拠法によって紛争を解決するかも定められます。
ここまで基本的合意書の内容について解説してきましたが、売り手にとってM&Aとは、自社の事業を明け渡すことを前提に、デューデリジェンスなどによって自社の実情や機密情報を第三者に明かすことになるわけであり、リスクを伴うとの見方もあります。より良い買い手を選びたいと考えるのはごく自然なことです。また、売り手にとっても、他社を買収する際は利益だけではなくリスクも買い取ってしまう可能性があります。そのため、売りに出されている案件について、デューデリジェンス等を通して詳細に知っておきたいとの気持ちがあります。
このように、売り手にとっても買い手にとっても時にリスクを生じるM&Aにおいて、基本合意書はそのプロセスを進めていくための基本的な条件に対して相手が納得し、コミットすることを確かめるためのものとしての役割を果たしています。そのほか、M&Aの今後の大まかな方向性の確認であったり、最終合意に至るまでの当事者双方の義務を確かめたり、デューデリジェンスの実施を円滑かつ適切に行えるようにしたりといった役割もあります。そして基本合意書は、大きな時間的・費用的コストを有するM&Aの取引を簡単には撤回できないようにする効果も有しています。
このように大きな役割を果たす基本合意書ですが、小規模なM&Aの場合には基本合意書の締結が省略されることもあります。
法的拘束力について
意向表明書については、買い手候補が売り手の企業を買収することを提案するための書類であるという位置付けが強く、一般的に法的拘束力はないとされています。
基本合意書についても、買い手にとっては買収監査が終わっていない時点での買収合意にすぎないわけであり、買収の条件なども変動することは止むを得ず、一般的に法的拘束力はないとされています。
しかしながら、基本合意書についてすべての事項に法的拘束力がないとするのも難しく、項目によっても異なってきます。例えば、買い手の企業の情報を売り手側が漏らさないという守秘義務、独占的交渉権などついては法的拘束力があるものとするのが一般的です。これらは取引の協議や交渉の枠組みに関わる重要な規定だからです。また、売り手の企業の利害にも大きく関わってきてしまいます。
とはいえ、最も重要な事項の一つである買取価格については、やはり買収監査の後で結果に応じて変更する可能性を否定できないため、法的拘束力が生じる合意はせずに、後で変更できる余地を残すことが一般的になっています。
また、法的な拘束力がなくても、買い手と売り手の間で意思が書面の形で合意され、固定化されるのが基本合意書であるため、それに続いていく交渉は事実上拘束される点に注意を払う必要があるでしょう。
まとめ
今回は、意向表明書と基本合意書について、それぞれM&Aプロセスのどの段階に位置付けられるのか、両者が含む項目にはどのようなものがあるのか、どのような目的で出されるのか、売り手や買い手にとってどういう意味を持つものか、法的拘束はどのように規定されているのかなどについて詳しく解説してきました。
意向表明書は買い手のM&A交渉開始に際する意思表示と条件提示の意味が大きく、基本合意書はそれより進んだ段階の詳細にまで踏み込んだ相互合意を確認する役割が大きいことがわかりました。
M&Aを進めるにおいて、双方のリスクを最小化し、できるだけ両者に利益を生むような交渉にしていくために、意向表明書と基本合意書はそれぞれ重要なポイントとなります。これらがどのようなものであるか、ぜひ把握しておきましょう。