のれんとは?M&A成功のために知っておきたい「のれん」の評価の高めかた、減損の防ぎかた
公開日:2021年4月9日 最終更新日:2022年11月22日
目次
M&Aにおける「のれん」とは?
「のれん」とは、M&A(Mergers and Acquisitions・企業の合併と買収)の買い手企業が支払う買収金額のうち、買収先企業(売り手企業)の純資産を上回った金額のことをいいます。貸借対照表の勘定科目の一つでもあり、無形固定資産として扱われます。
企業は、ブランド力・技術力・社員の能力などの、金額では簡単に表せない無形の価値を持っています。企業の譲渡価格を決める際には、これらの価値を会計制度上「無形固定資産(日本の会計基準上の用語)」として評価し、純資産額に上乗せします。この無形固定資産がのれんとなります。
のちほど解説するように、M&Aの売り手企業・買い手企業ともに、それぞれが想定するM&A効果を実現するために、のれんに関する理解を深めることが必要です。
「のれん」の由来
「のれん」といって最初に思い浮かべるのは、店舗の入り口にかかっている「暖簾」ですが、M&Aにおける「のれん」も、この「暖簾」に由来します。
暖簾にはお店の屋号が書かれていることが多いことから、暖簾という言葉にはそのお店の信用力という意味も含まれています。
たとえば、ラーメン業界では修行を積んだ弟子に「のれん分け」を許すことがあります。のれん分けを許された店舗は、修行先の店名を表示できるため、新規開業であっても一定の品質の味が担保されているかのようなイメージを顧客から持たれるなど、修行先のブランド力を享受できます。ブランド力があれば、ラーメンの価格が多少高くても顧客から選ばれるようになるため、そこに価値が生じます。
M&Aにおける「のれん」も同様に、ブランド力・技術力・社員の能力など、金額では一概にあらわせない価値を評価するための概念だといえます。
のれんはどう決まる?
のれんは、企業を譲渡するときの、帳簿上の純資産価格と譲渡価格の差額です。つまり、買収する側の企業が、実際の買収額と買収する企業の純資産の差をのれんとして貸借対照表に計上してはじめて、目で見てわかる状態となります。
譲渡価格が帳簿上の純資産を上回れば、のれんが発生し、逆に譲渡価格が純資産を下回れば「負ののれん」(後ほどくわしく解説します)が発生することになります。
のれんの会計処理方法
のれんは目に見えない無形資産ですが、貸借対照表に記載されるため、買収した側の企業は、適切な会計処理を行う必要があります。
のれんの会計処理方法など、のれんを理解するために知っておきたい4つの知識を解説します。
1:のれんの償却期間
日本の会計基準では、貸借対照表に無形固定資産として計上したのれんを、20年以内の期間で均等に償却するよう定めています。
一般的には、効果の及ぶ期間や投資の合理的な回収期間等を見積もって、償却期間を設定します。どの程度の期間が「投資の合理的な回収期間」に当たるのかについては、買収先企業(売り手企業)の業種なども関連する問題です。例えば、買収先企業がIT関連企業の場合、変化が激しい業種であることから、あまりに長期にわたって業績を見通すことは困難です。したがって、実務上、IT関連企業の「投資の合理的な回収期間」は5年に設定されるケースが多くなっています。
2:のれんの減損損失
先に触れたように、日本の会計基準では、のれんを20年の期間内で均等に償却します。
一方、国際財務報告基準(IFRS)や米国会計基準では、のれんの償却が認められていません。その代わり、毎年のれんの価値を見直し(減損テスト)、のれんの価値が損なわれた場合に、減損損失をまとめて計上することになります。
一般的には「売り手企業の持つブランド力や技術力が収益に大きく貢献すると評価して、のれんを計上したものの、実際には想定したほど収益に貢献しないことが判明した」というような場合が、のれんの減損損失につながります。
例えば、2020年5月、ベネッセホールディングスは連結子会社であるBerlitzCorporationののれんの減損処理を発表しました。新型コロナウイルス感染症拡大など、外部環境の悪化を踏まえ、当初想定されていた収益が見込めなくなったためで、有形固定資産及びのれん等の減損損失として15億6千万円を特別損失に計上することとなりました。
3:のれん及びのれん償却額の計上方法
のれんは、M&Aの際に算定した企業の純資産額と、売買価格の差額を貸借対照表の無形固定資産に計上します。
買収後にのれんを償却する際には、「販売費および一般管理費」として処理するため、買収した企業の利益がのれん償却費を下回ると、営業利益を圧迫する可能性もあります。
4:負ののれん
M&Aで、純資産評価額を下回る金額で買収することを「負ののれんが発生する」といいます。
例えば、売り手企業の収益が著しく少ない・赤字経営・損害賠償のリスクがあるといったような場合に買い手企業がリスク要因を勘案して、低い価格で買収するといったケースで発生します。
負ののれんが発生した場合、買収先企業(売り手企業)の純資産より安く買収したぶんについては、買い手企業の特別利益として処理されます。一定期間での償却処理ではなく、当該年度の利益として計上されることに注意が必要です。
売り手企業が、「のれん」を高く評価されるためのポイント
M&A時点でほとんど利益の出ていないスタートアップ企業が高額で買収されるケースでは、譲渡価格の大部分がのれんで構成されていることがほとんどです。現時点での純資産が小さくても、将来性が認められればのれんが上乗せされ、高額で売却できるのです。
つまり、スタートアップ企業が会社の売却を考えるのであれば、自社の事業計画を合理的に説明し、その将来性を正当に評価してもらうことが、譲渡価格を高めるポイントになります。そこで、のれんを適正に評価してもらうための3つのポイントをご紹介します。
1:他社と差別化された強みを分析しておく
のれんは、ブランド・顧客・信用力・ノウハウ・社員の能力・企業文化など、さまざまなものが反映されます。
のれんがどのくらいになるかは、買い手企業からどう判断されるかに左右されます。まずは他社と差別化できる自社の強み・弱みを分析し、把握することが必要です。
SWOT分析(Strength・強み、Weakness・弱み、Opportunity・機会、Threat・脅威を組み合わせて市場機会や事業課題を分析)やPEST分析(Politics・政治的要因、Economy・経済的要因、Society・社会的要因、Technology・技術的要因を組み合わせてマクロ環境を分析)といった分析手法を活用することが考えられます。
また、定量的に同業他社や市場平均を超える数値が出ていることを示し、実際に業績に反映されていることをアピールしましょう。
2:自社の情報を整理しておく
M&Aの買い手企業が避けたいのは、当初想定していた業績の達成が難しくなった事等により発生する「のれんの減損」です。
のれんの減損を回避するため、M&Aの買い手企業は、潜在的・顕在的なリスクを把握しようと、経営状況や財務状況について詳しく調査・分析します。
売り手企業は求められた情報を提供できないと、せっかくの売却の機会を失いかねません。自社の情報を整理し、必要があれば提供できるようにしておきましょう。
情報の整理方法は、エクセルで月次の予実管理をエクセルで記録するなどのシンプルな手段でもかまいません。セールスフォースなどの顧客管理ツール(CRM)などに蓄積した情報なども活用可能です。
3:買い手企業の需要に合わせた情報提供をする
のれんを高くするためには、買い手企業から見て「ぜひ買いたい」と思ってもらう必要があります。
自社の良さをただアピールするのではなく、買い手企業の状況やM&Aを行う理由を分析し、買い手企業にとってメリットのある部分に焦点を当て情報を提供するのがコツです。
具体的には、買い手企業の経営課題を調べ、その課題解決に自社の資源が役立つことをアピールする方法が考えられます。買い手企業がM&Aで解決を図ろうとする代表的な課題には、「市場シェア拡大」「周辺事業への新規参入」「DX推進」などがあります。企業の経営課題は買い手が上場企業ならば決算説明資料を調べることで、非上場企業ならば採用情報や転職情報サイトなどを調べることで推測可能です。
M&Aに直結する買い手企業の経営課題を調べるのに便利なのが、M&Aマッチングプラットフォーム「M&Aクラウド」です。「M&Aクラウド」は買い手企業が経営課題やM&A戦略を記事としてインターネット上で公開しており、売り手企業は記事をもとに自社に最適の事業売却先や資金調達先を探すことができます。
買い手企業が、のれんの減損を防ぐためのポイント
のれんの減損で損害を受けるのは、買い手企業ですが、売り手企業にとっても「買い手がどんなことに留意しているか」ということを知っておくことで、M&Aのスムーズな成立に近づきます。
1:売り手企業の企業価値を適切に評価する
のれんの減損の要因の一つは、適正な価格以上で買収してしまうことです。
のれんの減損を避けるために、買い手企業は「バリュエーション」といわれる売り手企業の評価を専門家に依頼するなど、慎重に企業価値を評価してから買収を行うことが必要です。
さらに、買い手企業自身が買収先企業(売り手企業)の事業計画を策定すれば、売り手企業の問題点をあぶり出しながら、より正確な企業価値評価を実現することも可能になります。
事業計画を策定する場合は、売り手企業が単独で事業を続けた場合にもっとも実現可能性が高い「ベースケース」と、それよりさらに上手く行く「ポジティブケース」、さらに「今回のM&Aによるシナジーを織り込んだケース」の3パターンを策定します。
シナジーを織り込むケースでは、コスト削減関連など1年以内に実行できるもののみを折り込み、クロスセルなどの難易度が高いものは高く評価しすぎないようにすることがポイントです。
2:デューデリジェンスで売り手企業の実態を把握する
M&A前に売り手企業の経営実態を把握しておくことで、「買い手企業の想定と経営実態が異なり、業績が伸びない」といった事態を予防しやすくなり、のれんの減損防止にもつながります。
そのため、買い手企業はM&A前に売り手企業の財務・会計・税務・法務・ビジネスモデル・人事労務・システムなどの項目を調査する詳細なデューデリジェンス(DD)を実施して、売り手企業の実体を把握することが必要です。DDには、実施分野にあわせて弁護士・会計士・税理士・コンサルタントなどの専門家の力を活用しましょう。
3:PMI(経営統合)を適切に実施する
M&Aした企業や事業をうまく経営し、当初想定していたとおりの業績を実現すれば、のれんの減損に追い込まれることはありません。当初想定したM&Aの効果を実現し、さらに最大化するために、買い手企業と売手企業を統合するプロセスのことをPMI(Post Merger Integration)と言います。
自社と異なる文化を持つ企業を買収して統合することは容易ではありません。統合プロセスをうまく実行できなかったために、のれんの減損に追い込まれたM&Aの事例は数多くあります。業務プロセスや内部管理体制、社内文化やビジョンなども含めて計画的に統合を進めましょう。PMIについては、以下の記事で詳しく解説しています。
参考:「PMIとは?PMIの目的や統合領域、実施のポイント、効果やメリットを紹介」
「のれん」の理解は、M&A成功の第一歩
売り手企業にとってのM&A成功のひとつのあり方は、のれんの価値も含めた正当な譲渡価格での譲渡を実現することです。買い手企業にとっても、適切な価格での買収が、のれんの減損を回避することにつながりM&A成功のひとつのカギになるといえます。
売り手企業は無形固定資産であるのれんの価値を高め買い手企業に将来性を正当に評価してもらえるように、買い手企業は売り手企業ののれんの適切な評価ができるよう、のれんについての理解を深めましょう。