シリコンバレーで事業を開発運営し、交渉開始から約2ヵ月でM&Aを実現できた理由とは
公開日:2023年3月28日 最終更新日:2023年3月28日
2023年1月19日、インサイトパートナーズ合同会社が、運営する市場分析プラットフォーム『ディールラボ』を東証グロース市場に上場する株式会社アイドマ・ホールディングスの100%出資子会社に譲渡することを発表しました。
ディールラボは、330以上の業界別世界市場シェア、世界のスタートアップのカオスマップ、M&A関連の情報を検索することが可能な業界分析プラットフォーム。2022年に正式ローンチ後、広告宣伝を行わないにも関わらず、オーガニックサーチやSNSなどの被リンクからの流入のみで、2022年12月末までの累計ユニークユーザーで約180万、ページビューで約260万を達成しています。
シリコンバレーで起業し、売却交渉開始から2ヵ月というスピーディーな事業譲渡を実現した背景ついて、インサイトパートナーズ合同会社の芦澤 公二さんにお話を伺いました。
【 プロフィール 】
インサイトパートナーズ合同会社 代表:芦澤 公二(あしざわ・こうじ)
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経営管理学科修了。旧あさひ銀行を経て、2003年から2022年にかけてHSBCやBNPパリバでM&Aアドバイザリー業務に従事。総合商社や金融機関のクロスボーダー案件や国内大手メーカーの再編などを手掛けた後に独立。2022年に業界分析プラットフォーム「ディールラボ」をシリコンバレーで立ち上げ、2023年に東証上場の会社に売却。Facebook
目次
外資系投資銀行に勤めたM&Aのプロが起業した経緯
――芦澤さんはインサイトパートナーズ設立後、直ぐにディールラボのβ版を2022年1月に公開されたとのことですね。起業の経緯を教えてください。
芦澤 以前、私は外資系投資銀行の東京支社で働いていて、クロスボーダーのM&A業務に従事していました。約20年間勤務した後、次の挑戦を考えていたところ、ちょうど家族でシリコンバレーに滞在する機会がありました。折角なので、起業の聖地であるシリコンバレーで、これまでやりたかった事業のアイデアを形にしてみようと思いました。
2022年1月に会社を退職し、ロンドンに住む会社員時代の同僚に手伝ってもらいながら、業界分析プラットフォーム「ディールラボ」をローンチしました。
投資銀行でM&Aの提案書を作成する際、特定の業界に関する情報を集めるのに大変苦労していました。情報が集約された有料の会員制コンテンツもありましたが、使い勝手が悪かったのです。そこで自分の苦労を解消しようと思ったのが、ディールラボを作ろうと思った背景です。
――ディールラボの概要や特徴を教えてください。
芦澤 市場シェアや世界の主要企業の概要など、各業界の情報を素早く俯瞰するための業界分析プラットフォームです。グローバルプレーヤー数千社の動向分析に基づき、330以上の業界別市場シェア、M&Aの対象となり得る会社リスト、スタートアップのカオスマップなどのデータベースを公開しています。
たとえば市場シェアのコンテンツでは、「コバルト生産・採掘会社の世界シェアの分析」「空調・エアコン業界の世界シェアと市場規模の分析」といった情報を掲載しています。また、M&A候補のコンテンツでは、投資ファンド・プライベートエクイティが買収した会社について業界別にリスト化し、その概要や売却価格などについて分析しています。
ディールラボは広告宣伝を行わず、検索エンジンからの自然流入のみで月間平均10万PV以上、約8万人の月間UUを達成しています。また、上場企業の経営企画部やIR担当者を含め、3,400名以上(2023年1月時点)の登録者があります。データは日経ビジネス、日経新聞、産経新聞やフジテレビ、TBSや日本テレビの番組など各種メディアで引用されています。
――2022年1月にβ版を公開してからわずか1年で大きく成長したのですね。
芦澤 成長を実感したのは、即席めん業界の世界市場シェアの分析記事が日経ビジネスに引用された時ですね。データをたくさん持っているはずの日経ビジネスに使ってもらえたことに驚きました。
シリコンバレーに拠点を移した2022年8月には330業界の世界シェア、50業界のカオスマップのデータベース化が完了し、MVP(ミニマムバイアブルプロダクト:顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト)が完成しました。
2022年9月には大手上場企業やコンサル・投資銀行を中心に会員企業が500社、会員数2800名を突破し、PMF(プロダクトマーケットフィット:マーケットに適した商品やサービスを提供できている状態)を確認。メディアに引用される機会もさらに増えてきました。
世の中にまだ生まれていない何かを創り出す起業の楽しさは、こういうことだったのだと分かり始めたのもこの頃です。滞在していた近所には、故スティーブ・ジョブズの家やヒューレットパッカードの創業のためのガレージハウスもあり、彼らも毎日楽しかったのだろうと想像したり、次はディールラボでどんなデータベースを創ろうかとワクワクしながらよく散策していました。
M&A業界でDX化が進んでいたことに驚き
――売却を考え始めた理由は?
芦澤 そもそも起業するにあたって、PSF→MVP→PMFというプロセスを、いかにリーンに高速に回していけるかに挑戦したいと考えていました。
つまり、最初にPSF(プロブレムソリューションフィット:顧客が抱える課題を解決できる製品があるのか?)を分析する。そしてコンテンツを開発していくなかでMVPを完成させ、PMFを確認する。このステップを早く、できるだけお金をかけずに実現するということです。
それができるなら、資金調達や事業売却も問題なく行えると考えていました。そのため、PMF確認後は資金調達をして、ディールラボの英語版・中国版も作り上げてスケールを目指すか、あるいはシナジーが見込める相手と資本提携や売却といったM&Aをするかを検討していく中で、少なくともVCなどの投資会社や企業に話を聞いてみたいと思い、M&Aクラウドに登録しました。
――実際にM&Aクラウドを使ってみた感想は?
芦澤 昔ながらのM&Aアドバイザーに依頼した場合、アプローチしてくれる買い手候補の数はそれなりの時間をかけても30社とか40社です。
それがM&Aクラウドのプラットフォームアドバイザーにお願いしたら、初日に「100社以上にアプローチできます」と言われたんです。「M&AはこんなにDXが進んでいたのか!」と驚いたことを覚えています。トータルでは170社に打診して、そのうちの約1割と面談を行いました。
――多数の会社と面談するなかで、どんなことが印象に残っていますか?
芦澤 ディールラボを買収してどう活用するか、その考え方がいろいろあり、すごく面白いなと感じました。
ディールラボをスタンドアローンで考えずに、自分たちのメディアに組み込んで使いたいと考えている会社もあれば、ディールラボを自分たちのメディアに誘導するオウンドメディアにしたいという会社もありました。
マネタイズに関しては、ディールラボ内で金融商品を売るとか、ディールラボのコンテンツをそのまま書籍化するアイデアを出してくれた会社もありました。
今回、売却先となったアイドマ・ホールディングスさんは、自社で提供している法人データベース『BIZMAPS』とディールラボを連携することで、より付加価値の高い情報提供が可能となるとのお考えでした。
また、中小企業をメイン顧客としているのに対して、ディールラボは上場している大企業といったエンタープライズ層の登録者が多く、その点も魅力に感じていただいたようです。
初めての打診から2ヵ月で事業譲渡が完了
――アイドマ・ホールディングスさんとの交渉はどのように進んだのでしょうか。
芦澤 最初は経営企画室室長と面談し、「興味がある」という話をいただきました。そしてすぐに2回目の面談があり、その際は三浦社長も同席されました。
三浦社長はディールラボのことをいろいろと調べて、自社が取得した場合にどの事業と、どんなシナジーが発揮できるのか、スケールはどうするかなど、かなり緻密な戦略を立ててから面談に臨んだ様子でした。
最初から価格面の提示もありましたし、交渉の過程での意思決定もスピーディーでした。一代で会社を上場させる起業家はすごいなと、本当に驚きましたね。
――ディールラボのようなWebメディアはGoogleのアルゴリズム変更の影響を受けやすいという懸念があります。その点はどうお伝えになりましたか?
芦澤 アルゴリズムの変更もそうですし、当コンテンツを模倣した競合サイトが登場することで、将来的に競争力が低下するのではないかという懸念をアイドマ・ホールディングスさんはお持ちでした。ただ、その点はコンテンツの内容自体の特性もあり、大きな問題はないとご説明しました。
ディールラボのメインコンテンツは市場シェア分析です。その元となる情報は、主に業界各社の売上高ですが、これは毎年更新されますよね。それに合わせてディールラボ側でも情報を更新する必要があります。この更新作業を330業種で、継続的に実施していけば、SEO対策における優位性は維持できるとお伝えしました。
また、元となる情報は公開されている情報を使っていますが、そこから分析結果を導き出すまでは独自の解釈をしています。つまり、ディールラボのコンテンツをそのままコピペした違法サイトが現れたとしても、独自解釈のロジックまでは理解していないはずなので、訴訟を起こすことも可能です。そのようなご説明もさせていただきました。
――交渉の過程で印象に残っているエピソードは?
芦澤 私がかつて従事していた大企業のM&Aでは、最後の最後まで買収価格は提示しませんし、交渉期間も半年~1年以上かかることが多いです。
しかし、三浦社長は交渉の初期から買収価格を提示してくださいました。また、意思決定もすごく速かったので、交渉開始からクロージングまで約2ヵ月しかかかりませんでした。自分の思っているM&Aの常識とは大きく異なる体験ができたことが本当に驚きでした。
日本の起業家も“IPO”ではなく、“M&A”という選択を
――事業譲渡を終え、今後はどのような活動をお考えでしょうか?
芦澤 私は40代後半で初めて起業をしたのですが、日本とシリコンバレーで0→1の事業の本格立ち上げからM&Aによるエグジットまでを、ものすごい短期間で実施しました。シリコンバレーという慣れない環境での開発運営は、超Hard Thingsでしたが、これだけ速やかにできたのは、やはり今までの仕事を通じて顧客の痛みを理解し、仕事をこなした経験やノウハウがあったからだと思っています。
今のトレンドは、20代とか30代とかの若手の起業ですが、仕事で十分な経験を積んだ40代後半以降の中高年層の起業もあるのではないかと、自分でやってみて、改めて思いました。 あとは、起業に理解のある、その地でできたネットワークにもかなり助けてもらいました。
ディールラボを売却したら、次は何をしようかなと考えていた所、日系の大手金融機関から声がかかりました。
これまで長らく外資系投資銀行に勤めてきましたが、クライアントは日本の大企業がほとんどでした。大企業を内部からもっと活性化させることが、日本経済を活性化させることにつながると思い、その金融機関に参画することに決めました。
――シリコンバレーで起業した経験を大企業の中で生かしていくわけですね。
芦澤 そうですね。外資系企業で、日本の大企業を担当していて、資金力があり優秀な人材がたくさんいるのに、もう一歩積極的にチャレンジすることが足りないという印象がありました。一方で、シリコンバレーは、起業してチャレンジしなければ人にあらず、という雰囲気のある場所で、その差に驚いたのです。
大企業がもっとチャレンジの精神を発揮して頑張ってくれることも日本経済にとっては重要です。失敗を恐れずに果敢にチャレンジするような雰囲気を作っていければと思っています。例えば、大企業がその社員に、1億円投資するので起業してみないか、できればシリコンバレーで、と提案した方が面白いのではないかと思ってます。
――今後のご活躍を楽しみにしています。最後にM&Aを検討中の起業家にアドバイスをお願いします。
芦澤:日本ではEXITというとIPOのイメージが強いのですが、海外ではEXITの8割がM&Aです。上場企業に売却することが格好良いというイメージもあります。
日本の起業家の方にも、IPOばかりに目を向けるのではなく、もっとM&Aに取り組んでほしいと思っています。それが経済の活性化につながるのではないでしょうか。
その意味で、M&Aクラウドの事業は社会的に意義があると思います。また、圧倒的に競争力があるサービスだと使ってみて実感しました。もし次に起業することがあったら、またM&Aクラウドを使いたいと思います。
――そう言っていただいて光栄です!本日はありがとうございました。