「Made in Japanで世界へ」夢を追うジュエリーブランド・SIRI SIRIがM&Aで“最良の結果”を得られた理由とは

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「Made in Japanで世界へ」夢を追うジュエリーブランド・SIRI SIRIがM&Aで“最良の結果”を得られた理由とは

YSI株式会社が7月7日、コンテンポラリージュエリーブランドを運営する合同会社SIRI SIRIの全持分を取得し、子会社化しました。本件は、M&Aクラウドを利用してマッチングした事例の一つです。YSIは化粧品の輸入販売・OEM製造を主とする会社であり、ブランドの取得は初めてでした。

初めは軽い気持ちでM&Aクラウドに登録したSIRI SIRIは、なぜM&Aの道を選んだのでしょうか。SIRI SIRI 代表社員の小野裕之氏に話を聞きました。

プロフィール

合同会社SIRI SIRI 代表社員 小野裕之(おの・ひろゆき)

1984年岡山県生まれ。中央大学総合政策学部卒。ベンチャー企業を経て、ソーシャルデザインをテーマにしたウェブマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズの経営を6年務めた後、2020年下北沢に現代版商店街「BONUS TRACK」を開業。マスターリース運営会社 株式会社散歩社の代表取締役CEOに就任。グッドデザイン賞ベスト100(2021年)。また、秋田の魅力を伝える「おむすびスタンド ANDON」「お粥とお酒ANDONシモキタ」の共同経営をはじめ、いくつかのブランドや店舗に出資や経営参画、事業売却を経験。その他、greenz.jpビジネスアドバイザーや東京都主催のアクセラレーションプログラムメンターなど。

コロナ禍、創業者の海外留学……次のステップを模索

SIRI SIRI 小野氏
SIRI SIRI 小野氏

ーーまずは、SIRI SIRIについて教えてください。

SIRI SIRIはMade in Tokyoのブランドです。最近では職人さんも全国に散らばりつつありますが、生産者も初めは東京の人だけでした。創業者であるデザイナーの岡本菜穂が個人事業主として立ち上げ、1年の準備期間を経て2016年に法人化していますが、私はそのころからSIRI SIRIのバックオフィス回りを中心に関わっています。

ーー2022年9月に、M&Aクラウドに登録していらっしゃいます。初めからM&Aを希望していたのでしょうか。

いいえ、登録した当初は単純に増資が念頭にありました。

SIRI SIRIは、岡本と、経営パートナーである私の二人が経営権を持っていました。岡本はスイスに留学しており、ここ5年間は海外と日本を行ったり来たりしていました。コロナ前に出資話もありましたが、その時は見送っていました。しかし、コロナ禍により、会社は岐路に立たされました。

まず、急速に業績が落ち込みました。ジュエリーブランドというプロダクトは結婚式などセレモニーでの需要が大きかったためです。また、業績の回復にも時間がかかりました。

そうした中で、私たちは将来を考えるようになっていきました。

ちょうどそのころ、起業家の先輩に自分たちの状況を相談することもありました。すると、「増資ではなく、経営権を売却するという選択肢もあるんじゃないか」と言われたんです。それまでは、私と岡本が経営をやることありきで、出資先から二人をサポートをしてもらうことを想定していました。しかし、もっと大幅に支援を受け、会社を支えていただくために売却するという新しい選択肢も見えてきました。

ーーM&Aクラウドを利用しようと考えたのはなぜですか。

M&Aクラウドはたまたま岡本が検索サイトで見つけて、「試しにやってみよう」と本当に軽い気持ちで使ってみたんです。M&A自体どういうものかはあまりわかっていなかったのですが、プラットフォームアドバイザーの齋藤綾さんに教えてもらいながら、少しずつ理解していきました。

当時、私はいくつかの会社を持っている“兼業社長”で、週に1、2日出社する程度でした。一方、SIRI SIRIは岡本が始めたブランドですから、彼女が残って私が辞めることはあっても、逆はありえません。そうであれば、岡本を東京に連れ戻すよりも、移住したままでいるほうが、冷静に考えて一番いい選択肢なのではないか……、とも思うようになっていきました。

ーー岡本様はオーナーシップを手放す可能性があることに対しては、どう考えていたのでしょうか。

オーナーシップを持つか持たないかについては、わりと合理的に考えているようでした。自分が業績を伸ばせるなら持っていればよし、そうでないなら仕方がない、と。どちらかといえば、「日本発ブランドで海外に展開したい」という思いがあるので、どのような形でもブランドに関われるならいいと考えていたようでした。

マッチング後に一度は破談になりかけたが…

SIRI SIRI「CLASSIC Bangle QUILT」
SIRI SIRI「CLASSIC Bangle QUILT」

ーーどのくらいの買い手企業とやり取りしましたか。

初回面談はたくさんしましたが、M&AクラウドでマッチングしたYSIと、知り合いの紹介でつながった1社とのやり取りが長かったです。

面談したどの会社からも必ず「岡本さんは日本に戻ってくるのですか」と聞かれたものですが、YSI代表の崔さんからは一度も聞かれませんでした。崔さんは韓国にも拠点を持っていたことから、岡本の「海外で日本のドメスティックブランドを販売したい」という希望をポジティブに捉えてくれました。Made in Japanのブランドで生き残っているものは少ないですから。

事業だけ見ればYSIより親和性のありそうな買い手候補はあったんです。岡本はYSIのOEM製品で知っているものが何個かあったようですが、私は恥ずかしながら存じ上げず、不安はありました。

逆にYSIは自社ブランドを持っていなかったので、「一度は時間をかけて自社ブランドを育てたい」という思いがあり、SIRI SIRIに興味を持ってくれていました。その気持ちはわかるところがあって。

ブランドを作るというのは、情緒的なアプローチを考えるのが非常に重要ですし、なおかつ採算度外視であることも多いです。ビジネスとしてはOEMとは逆のアプローチになるので、経験してみたかったそうなのです。

ーーマッチング後、面談で戸惑ったことはありましたか。

どこまでこちらの思っていることを話してよいのかわからなかったり、あるいは話した後に「私たちはこういう条件を提示したいのか」と自分たちのニーズに改めて気づいたりすることもありました。

たとえば、売却の金額やスタッフの待遇など、どう決めたらわからないような事柄についてYSIのほうから聞かれるわけです。考えていなかったわけではないですが、どのタイミングで、どの粒度まで言語化すべきか、どう伝えて、どんな契約を通すのかって、面談を始めてみないとわからなかったんですよね。

また、SIRI SIRIがYSIに入った後にビジネスとしてうまくいかなくなったときに「ブランドは誰のものか」を考えることも、面談の中で気づいたテーマでした。私たちはYSIにSIRI SIRIをお譲りするところまでしか見えていなかったのですが、その後のことまで考えなくてはいけないと思うようになったのです。

結果的には、岡本が優先交渉権を持つのが自然だね、という話になり、価値換算はその時点で考えるというところに落ち着きました。

ーー面談の場のメンバーは?

岡本と崔さんがやりとりをしていましたが、ミーティングの場には私と崔さんの側近の方が参加して、4人で会うことが一番多かったです。

ーーYSIとの交渉は一度破談になりかけたそうですね。

2022年の年末ですね。「結論を先延ばしにすると、他社との検討が進まないでしょうから、一旦なかったことにしてください」と崔さんから連絡があったのです。

崔さんの意図としては「期待させて引き延ばしたら相手に悪い」ということでした。私たちは結論まで時間をかけてもらってもまったくかまわなかったのですが、それを伝えておらず、すれ違ってしまったんです。それに気づいたアドバイザーの齋藤さんが、崔さんに私たちの意思を伝えてくれたことで面談が再開しました。

ーー崔さんが持っていた懸念点とは。

たとえば、岡本は会計に強いわけではないので、その数字は経理担当者を含めて出さないといけないから回答に時間がかかると崔さんに伝えると、「早く結論を出してあげたいけれど、情報が少なくてできない」となったわけです。

私たちは「売り手」側なので、心配に思っていること、気になっていることを聞くことは、“買い手に嫌われる”リスクだと思って積極的には伝えていなかったんです。このすれ違いをきっかけに、関係性がフラットになり、すべてを明文化するつもりで希望を伝えようと思うようになりました。

ーー交渉先をYSIに絞ったのはいつですか。

年明けです。以降は、崔さんが出してほしいという数字は隠すことなくすべて出しました。

スタッフの処遇もYSI側から希望を聞いてくれました。崔さんがSIRI SIRIのスタッフと会う機会も隔週程度設けていたため、成約した今年5月には、当社内でも“周知の事実”として受け止められており、私と崔さんとの間でも引継ぎが済んでいるような状況でした。

今後は、大きな数字の管理や価格の見直し、商品ラインナップの整理といった効率化の判断などをしていくことになると思います。社員はコロナ対応ということでコスト削減が続き、ずっと緊張した状態が続いていましたが、今回のM&Aで平時体制に戻し、マインド面でもキャッシュ面でも一旦フラットな状況になります。

さらに、投資も行っていきます。SIRI SIRIは広告やPRにほとんどお金をかけてこなかったので、今後はオンライン広告を出したり、積極的に展示会に参加したりしていけたらと考えています。

経営権を手放すことで「子どもを嫁に出した気持ち」に

ーーこれから会社を売却しようとしている経営者の方には、どんなアドバイスをしたいですか。

先輩に「売却を考えたら?」と言われたとき、やはり恐怖心がありました。

M&Aというのは買い手主導のイメージがありますし、会社を売る経験は一生で何度もするわけではないため、知識をつけにくい分野です。そのうえ、ジュエリーのようなものづくりの会社は、機械の部品のようなメーカーなどと違い、資産が簿価に乗りにくいこともあり、苦しい条件でも融資を選びがちです。

ですから、M&Aの検討を始めた時点で、誰かに相談することは大事だったなと思います。私の場合は先輩に聞いたり、M&Aクラウドの齋藤さんに相談したりしました。

面談の場での買い手側の発言についてもそうです。齋藤さんは自身も一度事業売却した経験があるのだそうです。たとえば交渉時に崔さんの発言の意図をつかみかねたときには、「あれはどういう意味だったのでしょうか」と齋藤さんに尋ねることもありました。特に初期段階で、崔さんとも距離がある間は、齋藤さんが岡本と崔さんの間に入ってくれていましたね。

ーー小野さんにとって、今回のM&Aを通じた率直な気持ちを教えてください。

気楽になる反面、悔しいという思いもあります。「子どもを嫁に出したような気持ち」というところでしょうか。もっと企業価値が高いうちに増資しておけばよかった、と思うこともありました。ですが、「Made in Japan」で世界に通用するブランドを作りたいという岡本の夢を理解してくれる崔さんと会えたことで、最良の結果を得られたと思っています。

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