事業譲渡と会社分割の違い|事業譲渡と会社分割のメリット・デメリット
公開日:2021年5月25日 最終更新日:2022年11月18日
目次
事業譲渡とは?
事業譲渡はM&Aのスキームの1つで、範囲を指定して一部または全ての事業を他社に譲渡することを言います。事業譲渡の目的は複数の事業を行なっている企業での事業の選択と集中のためや、中小企業では後継者がいない場合に事業を守るために行われます。経営の効率化と事業の再生が主な理由です。
事業譲渡は設備や技術、従業員や取引先なども一括して譲渡されます。買い手の目的としては譲渡事業への参入や事業規模の拡大が挙げられるでしょう。
一部譲渡
事業譲渡では必要な事業だけを譲渡する一部譲渡が可能です。売り手は企業活動の中で、採算の取れない事業や非注力分野の事業のみを譲渡することができます。買い手はこれからの事業を拡大したいと考えている事業を、ノウハウや設備とともに取得できます。
全部譲渡
対象企業の一部事業だけではなく、対象企業が行う事業の全部を譲渡できます。従業員を含めた会社の組織や設備、建物などの資産、また取引先や「のれん」と呼ばれる短時間では形成しにくいブランド力やノウハウ、技術などの無形資産を全て引き継ぎます。一部譲渡の場合には、対象事業のみのノウハウやブランドとなるため、引き継ぐことができる資産が限定されます。
会社分割とは?
会社分割とは、企業の組織編成を目的として行われることが多い手法です。会社を既存の会社に分割する吸収分割、新たに設立した会社に分割する新設分割があります。
会社分割では、会社の事業に関係する権利や義務の全て、もしくは一部を継承させます。そして継承会社では承継の対価として株式を交付します。
分割後も分割会社は存続し、分割した会社が解散することはありません。
新設分割
対象会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を分割により設立する会社に承継させることを新設分割といいます。
M&Aの手法では、新設分割により設立した会社の株式を譲渡するという形で用いられます。
吸収分割
会社分割のうち、分割会社の権利義務を全部または一部を既存の他会社に継承させるものを吸収分割と言います。
吸収合併とは異なり、吸収分割後も分割会社は存続します。吸収分割により、複雑化している会社の事業や組織を整理できます。また、不採算事業を切り離し、事業の効率化も目指せます。
事業譲渡と会社分割(吸収合併)の違い10選
M&Aの手法である事業譲渡と会社分割はどちらも、会社の一部事業や全ての事業を譲り渡す手法です。「譲渡」「分割」と言葉は違いますが、その方法は似ています。しかし、 手続きや債務の取り扱いなどの細かな部分で違いがあります。
事業譲渡と会社分割の違いについてご紹介します。
1:株主総会手続の違い
事業譲渡は売買契約に基づく取引行為、会社分割は組織再編行為にあたります。 事業譲渡は、売買契約に基づくため、株主の特別決議を必要とします。しかし、組織再編である会社分割では、特別決議を必要としません。
事業譲渡には株式総会の決議により契約の承認を受けなければいけません。事業譲渡をする行為の効力発生日の前日までに、株主総会の決議、いわゆる特別決議を開催し、契約の承認を受けます。
ただし、譲渡により譲り渡す資産の帳簿価格が、譲渡する会社の総資産の5分の1を超えない場合には特別総会の開催は不要です。
2:債権・債務の取り扱いの違い
事業譲渡の債務を継承させる場合、債権者の個別同意が必要になります。一方で、 会社分割では債権者の個別同意は不要ですが、原則債権者保護手続が必要になるため、事前に確認しておくことが大切です。
3:雇用関係の取り扱いの違い
事業譲渡では従業員の雇用契約の巻き直しを個別に対応しなければならないのに対し、会社分割では個別対応は必要ではありません。事業譲渡の場合には従業員は個別に同意を取る、契約を結び直すなどの手続きが必要です。
会社分割では事業が継承され、それに伴い従業員も継承されます。そのため、事業譲渡のように個別に手続きは必要ありません。しかし、分割によって従業員が受ける影響が大きいため、労働契約継承法で事前通知等が定められています。
出典:会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)の概要|厚生労働省
4:許認可移転の違い
許可や認可が必要な業種の場合、事業譲渡では譲渡を受けた会社で新たに許認可を取得しなければいけません。
会社分割では、全て包括して継承されるため、許認可も継承されるものもあります。しかし、許認可の種類によっては継承後に届出等が必要であったり、行政庁の許可が必要であったり、継承が認められない場合もあります。
5:債権者保護手続の違い
債権者保護手続とは、債権者の利害に影響を及ぼす可能性がある組織再編を行う際に、事前に官報等で公告し、さらに個別に告知などをして債権者が異議を述べることができる期間を確保する等により債権者の保護を行う手続です。
債権者保護手続は、組織再編である会社分割を行う場合には必ず行わなければいけません。事業譲渡の場合には債権者保護手続は不要ですが、個別に同意を取る必要があります。
6:不動産取得税の違い
金銭対価を前提とした事業譲渡及び会社分割は、いずれも不動産取得税は同じです。事業譲渡の場合には、原則として土地の場合、固定資産課税台帳に登録されている価格の3%、家屋は4%の不動産取得税が課せられます。
しかし、 会社分割の場合で、一定の要件を満たした場合、不動産の取得については不動産取得税が非課税となる事があります。一定の要件とは、分割資産の対価が分割承継法人の株式以外が交付されないことなどがあげられます。
7:税務上の取り扱いの違い
事業譲渡は売買契約、会社分割は組織再編にあたるため、関係法や税務上にも違いが生じます。
事業譲渡では課税取引となることから消費税が課税されます。しかし、会社分割は組織再編となるため、消費税は非課税です。
また、事業譲渡で受け取った対価は「利益」となり、法人税の課税対象になります。会社分割の場合では、税制適格要件を満たした場合には法人税の課税はかかりません。
出典:会社分割に係る不動産取得税の非課税措置について|東京都主税局
8:競業避止義務の違い
競業避止義務とは、事業譲渡をした際等に課せられる同一の事業を行ってはならないとする義務です。 事業譲渡を行なった会社は、同一の市町村及び隣接市町村で、譲渡の日から20年間は同じ事業を営むことはできません。
また不正競争の目的を持った同一事業も禁じられます。
9:簿外債務の違い
簿外債務とは会計帳簿に載っていない債務のことです。 事業譲渡では原則として簿外債務の継承はありませんが、会社分割では包括的に事業を継承するため、簿外債務もそのまま引き継ぐ可能性があります。
10:支払われる対価の違い
多くの場合、事業譲渡は現金で、会社分割は株式で支払われます。
事業譲渡は事業や会社の売買が目的で行われます。そのため、対価は現金で行われることが大半です。一方、会社分割は、組織再編を目的としていることが多く、その対価は株式にて支払われます。
ただし、会社分割であっても現金での支払いを求められることもありますし、逆に事業譲渡でも対価を株式にて求められることもあります。
事業譲渡の3つのメリット
事業譲渡は会社が行う事業の全部、または一部を売買契約によって譲渡するM&Aの手法です。近年、後継者不足による継承問題や経営状況の悪化から事業譲渡という手法が増えています。
メリット1:必要な資産を残せる
近年、高齢化に伴い、事業主の高齢化も顕著となっています。高齢の事業主が事業を続けられなくなったとき、そのまま廃業すると廃業コストも嵩み事業主の生活資金などの不安が残るでしょう。
しかし、 事業譲渡をすることで事業主は売却の利益を得ることができます。今後の生活に必要な資金を手元に残すことが可能です。
譲受会社にも、少ないコストで新たに参入したい事業における技術やノウハウを得ることができるというメリットがあります。
メリット2:後継者問題を解決できる
後継者問題も事業譲渡で解決できます。後継者がいない場合、今までは親族の中から後継者を探したり従業員に譲り渡したりする事例が多かったのですが、近年では親族への継承は減少傾向にあり、第三者へのM&Aによる事業譲渡が増えてきています。
M&Aによる事業譲渡では、身近に適切な後継者候補がいない場合、広く外部に候補者を求めることができるでしょう。
メリット3:資金の獲得ができる
新たな事業を立ち上げるための資金を得るために、事業を売却する経営者もいます。事業譲渡は必要な資金を手に入れることのできる手法です。
事業を縮小するために、本業とは関係のない事業を売却し、その売却益を本業の運転資金に充てることもできるでしょう。
事業譲渡の3つのデメリット
メリットがある反面にはデメリットも存在します。事業譲渡を行う際には、メリットだけでなくデメリットを把握しておくことが大切です。
デメリット1:売り手に債務が残る可能性が高い
事業譲渡の債務は、契約で明記されたもの以外、買い手企業が引き継ぐ必要はありません。そのため事業の「売リ手」には、事業譲渡に同意・承諾を得られなかった債権者から譲渡後にも請求が来る可能性があります。
債務や負債を把握し、買主との契約で債務や負債の引き継ぎの契約を交わすことで解消できる可能性があります。
デメリット2:譲渡益に課税される
事業譲渡は売買取引です。売り手企業が買い手企業に事業に関わる資産を売却することで成立します。そのため、事業譲渡で得た利益には法人税が課税されます。また、売買取引であるため消費税も課税されます。
事業譲渡を行う際には、負債の処理や税金対策など包括的に検討することが必要です。
デメリット3:完了までの手続きが複雑
事業譲渡は負債や資産、また従業員や取引先などの必要なものを選別し、譲渡する事業に関係のあるものは個別に同意や承諾を得て、新たに契約を結ぶ必要があります。
また、事務所の水道光熱費、通信費や賃貸契約がある場合には賃貸契約の名義も全て名義変更を行います。登記関係にも注意が必要となるでしょう。
このように、個別の対応が必要なことや、自社の評価の調査などM&Aに関わる作業もあるため事業譲渡完了までの手続きは複雑となるでしょう。
会社分割の3つのメリット
会社分割は、事業の一部または全部を分割し、他の企業や新たに会社を設立して事業を継承させる組織再編の手法です。
分割後の事業を元からある企業に継承させることを吸収分割、新たに会社を設立して受け継がせることを新設分割と言います。これから、会社分割のメリットをご紹介します。
メリット1:新規事業などに資金を回せる
会社分割は、事業を買い取るのではなく、「組織再編」です。そのため、購入資金の用意をしなくても良いという利点があります。会社分割の場合、分割した事業の新たな株式を発行し、分割された会社には株式を割当ます。
つまり、会社分割の実行には資金を必要としないため、事業譲渡に比べて新規事業や採用など注力分野に投入するための資金を確保しやすいというメリットがあります。
メリット2:契約などの移転手続が容易にできる
会社分割は組織再編にあたります。適格組織再編に該当すれば課税はありません。税制上の適格組織再編に該当すれば、簿価による引き継ぎとなり、譲渡損益に計上しなくても良いからです。
また、会社分割では包括的に事業の継承がなされるため、個別の承認や契約が必要なく、契約関係の移転手続がシンプルです。
メリット3:組織強化ができる
会社分割をすることにより組織をスリム化することもできます。組織が大きくなるに従い複雑化、事務手続きも煩雑となり、仕事の効率が落ち、収益性にも問題が生じてしまうでしょう。
会社を分割し組織をスリム化することにより、責任義務や業務管理が明確化され競争力の強化にもつながります。
会社分割の3つのデメリット
会社分割は包括的に事業を分割、継承する手法です。包括的に事業を継承できるため、手続きがシンプルになる、また、税務上でも負担が少ないなどのメリットがある反面、株式での取引で生じるデメリットや、包括的に継承する際のデメリットが生まれます。
デメリット1:株式の現金化が難しい
会社分割では承継会社は、分割会社へ株式で対価を支払います。上場企業であれば、株価の下落などのリスクはありますが、株を売却し、現金を得ることは可能です。
しかし、上場していない企業の場合は相対取引となる場合が多く、現金化するのが難しくなります。
デメリット2:簿外債務が引き継がれる
簿外債務は帳簿上に載っていない債務のことです。簿外債務は企業価値に影響するため注意が必要です。会社分割では簿外債務も包括的に継承するため、契約を結ぶ前の事前調査は重要だと言えます。
デメリット3:人材や技術が流出する可能性がある
会社分割は従業員に大きな影響を与えます。そのため、結果的に従業員の権利が守られなくなり、解雇や退職にて人材、技術が流出してしまうリスクが生じます。
そのため、従業員の理解を得るために必要な事項を公開し、労働契約承継法に則った丁寧な対応をしていかなければなりません。
会社分割と事業譲渡の選択は慎重に考えよう
会社分割と事業譲渡の内容的には大きな違いがあり、さらに税制面や手続き等にも違いが出てきます。
そのため、M&Aでの事業譲渡や会社分割の選択は、目的を明確にして行うことが大切です。手続きや税制上の注意点、メリット、デメリットなどをよく考慮して、目的にあった最適な手法を選びましょう。