事業売却によって従業員の給料や待遇はどうなる?買収後の従業員待遇の注意点
公開日:2022年1月28日 最終更新日:2022年11月18日
M&Aを検討している方の中には、従業員の待遇の変更について気になっている方も多いのではないでしょうか。この記事では、従業員の待遇の変更はどのような場合に発生するのか、また、実際に従業員の待遇が変更される場合、どのような点に注意すべきかをご説明します。
目次
事業売却によって従業員の給料や待遇はどうなるのか?
M&Aを行う際に、買収する企業の従業員の待遇や給料等について配慮を行うことは、M&Aを成功させる上で重要なポイントになります。
なぜなら、M&Aで事業の承継を行う場合、基本的には従業員との雇用関係は守られますが、買収される企業の従業員にとって、今後働く環境や条件がどのようになるかは気になるポイントであるからです。
従業員の不安を解消することも、M&A後の企業運営を潤滑に行う際に考慮しておきたい点になります。
M&Aの手法と買収後の従業員の待遇について
M&Aにはいくつかの方法があり、それぞれの方法によって、買収後の従業員に対する待遇の変化は異なります。
以下では、M&Aの代表的な手法である株式譲渡の場合と事業譲渡の場合での、買収後の従業員に対する待遇の変化について説明します。
株式譲渡のケース
買収方法が株式譲渡である場合、従業員の待遇には基本的に影響はありません。
株式譲渡は、企業の株を譲渡することで経営権を継承する方法です。会社の経営権を有しているのは株主であるため、企業のオーナーが株式を譲渡すれば、経営権はオーナーから売却先の会社に移ります。
しかし、株式を売却した場合でも、企業と従業員との関係に変更はありません。そのため、経営権が他に移ったとしても、従業員と企業との間で結ばれている雇用契約に影響を及ぼすことはないでしょう。
このように、株式譲渡のケースでは、従業員の給料や待遇が急に変わるということは起こらず、その後も雇用契約が続いている限りは、従業員の同意なく待遇が変わるということもありません。
事業譲渡のケース
事業譲渡の場合では、少し状況が異なります。
事業譲渡の場合、企業が行っていた事業自体を売却することになるため、会社としての権利関係に変更が生じます。当該事業で事業売却元の企業が締結していた契約も、事業売却によって当然には引き継がれません。
そのため、事業買収後は、同様の契約を再度締結するか、既存の契約で対応できるか等を検討し、必要に応じて再度締結します。このように、当該事業に関する既存の契約を引き継ぐかどうかの検討が必要になります。
これは譲渡を受ける事業に従事していた従業員にも当てはまります。こうした事業に従事していた従業員を引き続き同じ事業に従事させるために、新しく雇用契約を締結する必要があります。
結果として、事業売却元の従業員との雇用契約は、契約の見直しが必要となり、見直しに伴い給料などの待遇が変更となる可能性があるでしょう。
買い手側が留意すべき労働条件変更の可能性
M&Aを行う際の従業員の給料や待遇に関して、株式譲渡と事業譲渡では待遇の変化に差があることを説明してきました。ここからは、待遇の変化の原因ともなる労働条件変更の可能性について、株式譲渡の場合と事業譲渡の場合に分けてご説明します。
株式譲渡のケース
先にご説明した通り、株式譲渡によって変更されるのは株主だけであり、株主が変更になることで変化があるのは企業の経営権を誰が有することになるかという点に限られます。
したがって、株式譲渡の場合では企業と従業員との関係に変化はなく、企業と従業員の間で締結している労働契約が変更となることはありません。
事業譲渡のケース
一方、事業譲渡の場合は、これまでに締結していた契約について判断が必要になります。その点で、従業員の労働条件の変更があり得るといえるでしょう。
契約についての判断を行うのは事業譲渡を受ける側、つまり、買い手側の企業です。多くの場合、労働条件に関する契約等も、買い手側企業の基準に合わせて調整されます。
事業譲渡のケースで注意すべき4点
ここまで、M&Aの中でも株式譲渡の場合と事業譲渡の場合に分けて対応を説明してきました。ここからは、事業譲渡の形式で譲渡を受ける際に、従業員の待遇という面ではどのような点に注意すればよいのかをご説明します。
出典:「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」の概要 |厚生労働省・都道府県労働局
出典:会社分割・事業譲渡・合併における労働者保護のための手続に関するQ&A |厚生労働省労働基準局
1.事業譲渡の影響で従業員が退職
事業譲渡を受けた際、譲渡先の企業に移ることを希望しないなどの理由で、譲渡を受けた事業に従事していた社員が退職する場合があります。
事業の譲受に伴い、従業員とは再度雇用契約を締結する必要がありますが、再契約のタイミングで退職する社員には、どちらの企業の条件が適用になるのでしょうか。
この場合は、社員は、まだ譲受企業との新しい条件での契約しなおしが完了していないことから、事業売却をした側の企業での条件が適用されます。譲受企業が、譲渡企業の条件で退職金などを支払う形で運用されます。
ただし、これまで譲渡を受けた事業に携わってきた社員は、事業を成功させる上で重要な役割を担っています。彼らが新会社に残り、十分に能力を発揮できるよう配慮が必要です。
また、譲受企業の側は、事業譲渡のみを理由として従業員を解雇することはできません。その点にも留意が必要です。
2.事業譲渡で譲渡先に移った従業員の給与
事業譲渡で譲受企業に移ることになった従業員の給与は、新しい雇用契約の労働条件に従った内容に変更されます。
ただ、譲渡側企業と給与体系などが異なっていた場合、新しい条件に従業員が不満を持つことがあり、このような問題を避けるため、譲渡企業での条件に合わせる形で契約しなおす場合が多くあります。
譲受企業側の条件に合わせる場合でも、最初は譲渡企業の条件に近い条件で契約を行い、数年程度かけて徐々に待遇を統一していく例が多いです。
更に、退職金制度などが異なる場合もある点にも注意が必要です。退職金の計算には勤続年数が関係することも多いため、計算方法によっては新たな条件の場合退職金が下がる場合があります。
これも従業員の不満につながる可能性があることから、譲受企業が譲渡企業の退職金を引き継ぐか、一度譲渡企業がこれまでの分の退職金を支払い、譲受企業に移った後は譲受企業の制度を適用するという方法があります。
3.事業譲渡した後の有給休暇消化
譲受企業との雇用関係がなくなった時点で、未使用の有給休暇の権利は消滅します。しかし、これでは従業員には大きな不利益となります。
そのため、有給休暇の取り扱いについては、譲渡企業での保有日数や付与条件を引き継ぐ形式で、譲渡企業で保有していた有給休暇を引き続き使用できる形をとることが多くあります。
この場合、事業譲渡契約等に労働条件を引き継ぐことを記載し、譲渡企業と譲受企業で合意しておくことも必要です。
4.従業員との対話の必要性
譲渡を受けた事業が成功するか否かは、譲受側の企業の努力ももちろんですが、これまでその事業に従事してきた譲渡側企業の従業員の協力が不可欠になります。
特に、譲受側の企業が持っていない技術や商品を有する事業の場合、移籍してきた社員の能力や知識は、譲受側の企業の従業員を成長させるためにも必要なものです。
このように、重要な役割を担う譲渡側企業の従業員が、変更後の待遇に不満を持ち、外に流出することは大きな損失といえます。このような事態を防ぐためにも、事業の譲受に伴い従業員を受け入れる企業では、移籍予定の従業員との十分なコミュニケーションが重要です。
まとめ
M&Aを行う際、従業員の待遇の変化という点では、事業譲渡の形式で譲渡を受ける場合に注意すべき点がいくつかあることを説明してきました。これらの点に配慮して従業員の受け入れを行うことで、譲渡を受けた事業が円滑に進む可能性が高まります。
実際にM&Aを行うことを検討しているものの、従業員の待遇をどうしたらいいかまだ不安があるという方は、専門家に相談してみてみるのも良いでしょう。