freeeが挑むグローバルでのプロダクト開発。フィリピンのエンジニア集団と紡ぐ“マジ価値”カルチャー

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freeeが挑むグローバルでのプロダクト開発。フィリピンのエンジニア集団と紡ぐ“マジ価値”カルチャー

フィリピン・マカティ市に本社を置き、2019年の設立以来、主に日本企業からシステム開発を受託してきたLikha-iT Inc(リカーイット)。同社は2021年7月、新たにグローバル開発の拠点を求めていたfreee株式会社のグループ会社となり、共に開発業務を担う関係をスタートさせました。本件は、M&Aクラウドのアドバイザリーチーム、M&A Cloud Advisory Partners(MACAP)が支援した案件です。

M&Aから約1年、両社はクロスボーダーの難しさを乗り越えながらチームワークを構築し、Likha-iTはすでにfreeeの開発体制に欠かせない存在となっています。キーになったのは、freeeの「マジ価値」カルチャーの浸透でした。その軌跡について、freeeのPMI責任者 松山 裕亮氏とLikha-iTの創業者 前田 英夫氏に、M&AクラウドのCEO 及川 厚博が聞きました。

プロフィール

松山 裕亮 freee株式会社 Corporate Development

商社での経理財務・新規事業投資や通信会社での投資企画部門を経て、2021年にfreee株式会社へ入社。Corporate Developmentチーム(事業部や管理部門から独立して全社を巻きこみながらfreeeのミッション・ビジョンと一気通貫させたM&A戦略を立案、実行するチーム)にて投資のオリジネーション、実行、PMIを推進。

前田 英夫 Likha-iT Inc Chairman of the Board

主にシステム開発会社や金融機関での業務経験を得て起業。2018年にGRENARCH PTE. LTD. (シンガポール法人) を設立、2019年にGRENARCH社の子会社としてLikha-iT Inc(フィリピン法人)を設立。2021年にLikha-iT社の株式をfreee株式会社に譲渡後も引き続き同社の経営に携わる。

1つのチームとして協働するためのM&A。だからこそ、freeeと同じ開発環境を

新しくなったLikha-iTのオフィスで
新しくなったLikha-iTのオフィスで

及川 約1年前のクロージング後、どのようなステップでPMIを進めていかれたのでしょうか? コーポレート面、ビジネス面それぞれご説明ください。

松山 コーポレート面では、必要な手続きを粛々と進めていった感じです。特に意思決定フローや資金管理体制は重要度が高いので、早めに整えました。取締役会をどうするか、銀行口座にどうガバナンスを効かせていくのか、といった部分です。

ビジネス面では、Likha-iTの業務環境を、freeeの開発チームと同水準になるよう整備することから始めました。今回のM&Aの狙いは、Likha-iTに単なるオフショア開発先ではなく、freeeのエンジニア組織の一員としてジョインしてもらうことです。ですから、freeeと環境をそろえることは大切な条件でした。

及川 どんな点を整備されたのでしょう?

松山 まずfreeeと同様に、以前より広いオフィスに移転してもらいました。インフラ面では、インターネットの回線速度を上げたり、こちらでキッティングしたPCをLikha-iTの皆さんに配布したり。freeeのエンジニアと同レベルの情報にアクセスできるように、セキュリティ環境も整備しました。一般に、オフショア開発先に対してはアクセス可能な情報範囲も限定することが多いかと思いますが、今回私たちがイメージしていた対等、かつスピード感ある協働体制を実現していくうえでは、それは障害になってしまいますから。

及川 まさに同じ仲間として働いていくための環境を整備されたのですね。次にLikha-iTさん側の取り組みについても教えてください。上場企業としてのガバナンス基準が求められるようになり、変化も大きかったかと思いますが。

前田 ガバナンス意識のギャップを埋めていくために、主に二つの取り組みを進めました。一つは、徹底した教育です。インサイダー取引関連、セキュリティ関連など、日本語のドキュメントを全部英訳してメンバーに学んでもらいました。

もう一つはシステム面です。freeeのコンプライアンス担当部門やCIOとも協働しながら、Likha-iTメンバーのアクティビティをモニタリングする体制を組むなど、セキュリティを担保する仕組みを早い段階で整備しました。

及川 協業での開発をスタートさせる前に、まずはガバナンス面のリスクヘッジに注力されたのですね。

前田 そうですね。ファジーな信頼関係も大事ですが、それだけでは行き違いなどが発生したときに、お互いに痛い目を見ないとも限りません。インフラを整えておくことで、より安心感を持って仕事を進められます。

ゲーム交流も仕事のうち⁉ エンジニアの高い定着率のカギは、人ベースの関係構築

及川 freeeへのジョインについて、Likha-iTメンバーの皆さんにはどのように説明されたのですか?

前田 最初に全員を集めて、日本の中小企業が抱えている課題と、そこに解決策を提供しようとしているfreeeのミッション・ビジョンについて説明しました。そのうえで、「これから皆さんが取り組むのは、どこかの国の知らない仕事ではありません。フィリピン社会でも、将来きっとフォーカスされてくる課題を解決するためのサービスであり、その仕組みを先取りして学べる貴重な機会です」と語りかけたのを覚えています。

及川 熱いメッセージですね。両社のメンバー同士のコミュニケーションは、どのように図っていかれたのでしょうか?

松山 freeeで利用している社内用SNSツールのWorkplaceやSlackをLikha-iTにも導入して、オンラインで交流できるグループをつくるところから始めました。オンライン飲み会もたびたび開催しましたね。

前田 交流の機会づくりに関しては、freee側が細やかに配慮してくれました。例えば当時のCDO(Chief Development Officer)・平栗さんがオンライン飲み会に参加してくれたり、当社のエンジニアと1on1をやってくれたり。ホンダの創業者・本田宗一郎氏はよく一人でふらっと工場を訪ねて現場社員に話しかけていたと聞きますが、まさにそんな感じで積極的に現場に入ってきてくれるんです。それを当たり前のようにできることが、freeeの素晴らしいところだと思います。

ちなみに、一般的にM&A後は離職率が上がることが多いと思いますが、当社では上がっていません。むしろメンバーの間では「freeeバンザイ」というムードです。基本的に東南アジアの人材は2~3年でターンオーバーするのですが、当社のエンジニアは高い定着率を維持しています。

及川 「freeeバンザイ」の理由は何でしょう?

前田 新しくてきれいなオフィスになったこともありますが、もちろんそれだけではありません(笑)。まず、freeeには「マジ価値」(ユーザーにとって本質的で価値があること。freeeのカルチャーの軸となっている概念)を追求するために、余分なものは排除して、ポジションに関係なく協議していくというカルチャーがあります。我々Likha-iTも同じくフラットな会社で、価値観が近い。そもそもの親和性が高かったことが一つあると思います。

もう一つ、フィリピンの国民平均年齢は26歳くらいで、当社のエンジニアたちも若者が多いのですが、彼らは仕事を円滑に進めるうえで、コミュニケーションをとても大事にしています。その点でも、freeeのメンバーとは通じ合う部分が大きいですね。

Likhat-iTの新しいオフィスには、ゲーム専用ルームがあるんです。そこでfreeeのメンバーとうちのメンバーがオンラインで集まり、「モンハン」をやったりして、日常的に交流しています。まずは仲間として互いを知り合うことで、仕事上の信頼関係も深まっています。

キャリア意識のギャップに直面! ジョブディスクリプションは厳守すべきか

及川 今回のPMIを通じて、特にシナジーを感じているのはどんな点ですか?

松山 freeeにとって、本件はグローバル開発推進の起点となる案件です。今後に生かせる協業の型を見出すことが重要なミッションであり、実際に多くの学びがありました。当社のメンバーにとっては、英語を使い、カルチャーギャップのある相手と一緒に仕事をする経験ができたこと自体、大きかったですね。

及川 カルチャーギャップに関して、特にハードルになったのはどんな点ですか?

前田 キャリアに対する考え方に根本的な違いがある点は、やはり無視できないですね。どちらの働き方が良い悪いではありませんが、そういったカルチャーの違いをどう整理するかは、クロスボーダーM&Aに取り組む際に注意すべき点だと思います。

フィリピン人は、「私の仕事はここからここまで」と仕事の範囲を明確に線引きします。その範囲を超えた要求をすると、ストレスを溜めてしまう。日本は逆で、皆がいろんな仕事に対応するジェネラリストとして働きますよね。freeeはまさに後者の典型で、それぞれのエンジニアがチームの一員として、フルスタックでフロントもバックもインフラも手がけ、そのときどきで臨機応変に対応していく。フィリピンのエンジニアリング界の常識と比べると、かなりのギャップがあります。

及川 日本流、freee流の働き方に合わせていくためには、ある種のマインドチェンジが必要になってくるのですね。

前田 開発言語に関しても、日本のエンジニアは、例えばJavaScriptを勉強したら、次はバックエンド開発をしたいので、Java、Ruby、Python……と多言語を必要に合わせて勉強していきますよね。一方、東南アジアのエンジニアは特定の言語だけを極める傾向があり、採用市場でもそうした人材の方がバリューが高いんです。

実際、当社のエンジニアの中にも、「freeeグループに入って、RubyもPythonも経験できるのは楽しいけれど、自分の将来のキャリアを考えると、やはりJavaScriptの業務を継続したい」と言って、転職したメンバーがいます。彼のような考え方も、僕は尊重しますが、日本企業にはなかなか理解されにくい部分かもしれません。

松山 そういうキャリア意識に関するギャップを肌で感じられたことも、freeeが今後グローバル開発を進めていくうえでは、非常にプラスになったと感じています。海外での採用戦略についても、だいぶ解像度が上がりました。

前田 freeeが求めるようなフルスタックのスキルを持つエンジニアを確保していくことはハードルが高いのですが、現地でそうした人材が集まるコミュニティをつくっていくことが、恐らく有効ではないかと考えています。イベントの開催などを通じて、幅広いエンジニアリングの世界に触れてもらい、その輪を広げていくことで、優秀な人材に向けた訴求力を高めていけるのではないかと。

及川 freeeのエンジニアの皆さんにイベントに登壇してもらったら、注目が集まりそうですね。Likha-iTの皆さんがいきいきと活躍されていることも、アピールポイントになりそうです。

前田 ぜひ実現したいですね。一般に、東南アジアのオフショア開発会社では、フロント系開発が中心で、基幹系や事業系の開発に携わるケースはなかなかありません。また、そこで働くエンジニアたちは、自分の能力が社会にどう役立っているかまではあまり意識していないことが多いようです。

その点、Likha-iTのメンバーは、今回freeeと一緒になったことで、「こんなWebサービスが世の中にあるんだ」「自分たちの技術を使って社会を良くできるんだ」と気づきを得ることができました。結果的にそれは若いエンジニアに夢を与え、フィリピンや東南アジアの社会を良くすることにもつながると思っています。

どこまでもミッションドリブンに、グローバル開発体制を広げていく

Likha-iTメンバーがfreee本社を訪問
Likha-iTメンバーがfreee本社を訪問

及川 今回の経験を経て、PMI成功の一番の秘訣は何だと思われますか?

松山 受容性だと思います。ある程度はどちらかが主導権を取りつつも、お互いに相手に合わせようとする姿勢ですね。

及川 前田さんはいかがですか?

前田 松山さんの答えと近いですが、やはりコミュニケーションですね。文化や社会環境に起因するさまざまな違いをお互いに認識しながらも、人と人として心を開いて付き合い、コミュニティをつくっていく。これができないとどんな仕事もうまくいきません。

僕が感謝しているのは、freeeの全メンバーがこの点を深く理解してくれていることです。英語があまり得意でない方も、積極的にLikha-iTのメンバーに話しかけてくれますし、先日はフィリピンに出張して来たfreeeのメンバーとうちのメンバーが、プライベートでも一緒に遊びに行ったと聞きました。最早、僕も知らないところで、エンジニア同士の絆が生まれているようです。

松山 Likha-iTのメンバーが日本のfreeeを訪れる機会もありますし、一体感はどんどん高まっています。

及川 本当に良い関係をつくられているのですね。最後にお二人の今後の抱負をお聞かせください。

松山 多様性を切り口に、グローバル開発の規模を拡大していきたいです。今回そのスタートラインにおいて、前田さんというミッションドリブンな方に出会えたことには、大きな意義がありました。国や社会環境の違いを超え、新たなパートナーとどのように目線合わせをしていくべきかという点で、気づきを得られた部分がたくさんあります。

前田 僕はLikha-iT、そしてfreeeのメンバー一人ひとりの人生にとって、共に働く経験がより意義深いものになっていくよう、できることは何でもやっていくつもりです。さらにはそれぞれが属しているコミュニティにもその成果を還元して、社会を良くする方向につなげられたらと思っています。

グループジョイン後、freeeの経営手法を中から見られるようになり、個人的にもいろいろと学ばせてもらいました。例えば、幅広い世代の従業員がいるなかで、その時代に合わせた組織づくりをしている点は非常に勉強になりますし、Likha-iTのマネジメントも、もっと進化させていけるなと感じています。

及川 今後の展開も楽しみにしています。松山さん、前田さん、本日はありがとうございました。

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