“飛び地”領域との協業で新たなビジネスチャンス創出へ、アイティメディアが初のスタートアップ出資で描く未来

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“飛び地”領域との協業で新たなビジネスチャンス創出へ、アイティメディアが初のスタートアップ出資で描く未来

2024年12月、インターネット専業のメディア企業として、IT周辺領域で国内最大級のメディアを運営するアイティメディア株式会社は、エンターテイメントの総合プロデュース企業である株式会社オリグレスへ出資を行いました。

従来は、同業メディアのM&Aに重点を置いていたというアイティメディア。今回、初めてスタートアップへの出資に踏み切ったのはなぜなのでしょうか。アイティメディア 代表取締役社長の小林教至氏と、同社執行役員 管理本部 財務企画統括部長の菊地広毅氏、オリグレス 代表取締役社長 吉武優氏にその経緯を伺いました。

プロフィール

アイティメディア株式会社 代表取締役社長 小林 教至(こばやし・たかし)

早稲田大学商学部卒。在学中はマーケティングを専攻し、所属した早稲田大学広告研究会では企画渉外幹事を務める。株式会社博報堂ダブルス、株式会社アスキーを経て、2000年に株式会社アットマーク・アイティ(現アイティメディア)に参加。新規事業として人財事業を担当。以降、人財メディア事業部長、管理本部長を歴任し、2011年に取締役に就任。2012年からは主力事業であるIT分野を統括する立場となり、2015年常務取締役に就任、同年、子会社の株式会社ユーザラス(現発注ナビ株式会社) 代表取締役社長に就任(2020年6月に同社取締役)。2020年に取締役副社長 兼 COOに就任。2025年4月に代表取締役社長 兼 CEOに就任し、現在に至る。

株式会社オリグレス 代表取締役社長 吉武 優(よしたけ・まさる)

宮崎県出身。上智大学を卒業後、電通に入社。同社ではベンチャーのグロース支援を広く手掛け、入社4年目で電通営業大賞を歴代最年少かつ初の個人で受賞。その後、2018年に世界一周をし、世界中のエンタメを見て回る。2021年4月に株式会社ORIGRESS PARKS(現オリグレス)を創業した。

IPソリューション事業の連続的展開のため、足りなかったのは「オウンドメディア」

株式会社オリグレス 代表取締役社長 吉武優氏
株式会社オリグレス 代表取締役社長 吉武優氏

――オリグレスの吉武さんは、資金調達クラウドの成約事例で3度目の登場となります。改めて事業内容を教えていただけますか。

吉武:2021年の創業以来、レジャー・エンタメ施設のサブスクサービス「レジャパス」を中心に展開してきました。他社提携によるOEM版やフランチャイズ版も増えており、企業とエンタメ施設、エンドユーザーの三者に対して価値を提供するBtoBtoCモデルを確立しています。

また、エンタメ施設との関係性を深める中で分かってきた業界のニーズを踏まえ、2024年からはアニメIPを活用するエンタメ施設とのコラボレーションイベント「レジャフェス」も開始しました。

――今回、資金調達クラウドの利用に至ったきっかけは。

吉武:前回の資金調達ラウンドに引き続き、シナジーを見据えて事業会社と提携したかったというのが最大の動機でした。

連携先としてイメージしていたのは、toCメディアの知見がある企業です。「レジャフェス」がエンタメ施設からもエンドユーザーからも好評だったので、より一層強化していきたい。そのためには、自社でもtoCの直接的な接点を持ってイベント集客ができるようにし、IPの権利元から信頼を得る必要があると考えました。

toCのタッチポイントを作る方策として、私たちに足りないのは「オウンドメディア」でした。自社だけで立ち上げようとしたこともあったんですが、社内に知見がないせいでうまくハンドリングできなくて。確実に成功させるためには、ノウハウを持った企業の力を借りるべきだと考えていた時に、資金調達クラウドを通してアイティメディアさんに出会いました。

アイティメディアが、初めての飛び地領域に出資した3つの理由

アイティメディア株式会社 代表取締役社長 小林 教至
アイティメディア株式会社 代表取締役社長 小林 教至

――アイティメディアの事業概要と、今回出資を検討するに至った経緯を教えてください。

小林:オンラインメディア専業企業として、企業IT・産業×IT・コンシューマーという3領域で、約20のWebメディアを運用しています。中でも「ねとらぼ」は、月間3億ビューを誇る国内最大級のtoCメディアです。

さらなる収益の多角化を図るべく、M&Aを積極的に検討していた時に、資金調達クラウドから紹介されたのがオリグレスさんでした。

――オリグレスの印象や、出資に至った理由を教えてください。

小林:社内では当初、「出資をしなくても、業務提携だけでいいのでは」という声が上がっていました。私も事業概要書を見た段階では、オウンドメディア構築支援はできるものの、事業自体は当社と連続性のない「飛び地」のように見えたので、同様の考えでした。ただ、オリグレスの経営陣と実際に面談してから、考えが変わり始めたんですよね。

まず、なにより経営陣の方々が魅力的でした。M&A活動を通して自分たちの利益しか考えていない経営者も見てきた中で、吉武さんは事業に対して飛び抜けて強い信念を持っていた。そして吉武さんを「思いを語って人を引き込むビジョナリスト」だとすれば、事業開発室長の清水さんは「合理的な戦略家」、IPソリューション事業統括の藤澤さんは「社員の人望や顧客からの信頼が厚い人」。ハートに左脳、右脳が揃っているのを見て、「ホンモノの良いチームだ」と思ったんです。

また、顧客の課題に深く入り込むうちに別の課題に行き当たり、それを解決する別事業を立ち上げるという展開方法も真っ当のように思え、将来さらに事業の柱を立てて成長していけるイメージがわきました。

そして何より、当社も知らない世界に行けるかもしれないという期待が膨らんだんですよね。IPは日本がグローバルで戦える領域なので、当社にとっても新たな事業チャンスにつながる可能性がある。だからこそ、オリグレスに当社のIP領域進出のコンパスになってもらおうと。もちろん何も生まれない可能性もありますが、「IP領域に当社のビジネスチャンスはない」とわかるだけでも大きな成果です。

実は当社は従来、事業シナジーを重視して同業の領域のM&Aに集中していました。しかし今回、結果として、飛び地に見えるオリグレスに出資することになった。これは当社にとってもエポックメイキングな出来事になりましたね。

ノウハウゼロから、工夫と覚悟で実現したスタートアップ出資

アイティメディア株式会社 執行役員 管理本部 財務企画統括部長 菊地広毅氏
アイティメディア株式会社 執行役員 管理本部 財務企画統括部長 菊地広毅氏

――ここからは、交渉の窓口となったアイティメディア・菊地さんに成約に至るまでの舞台裏についてお聞きします。オリグレスとの初回面談では、どのようなことを感じましたか。

菊地:当社と事業領域は異なっても、ビジネスモデルは「飛び地」ではなくむしろ「地続き」だと感じましたね。当社はtoBとtoCのメディアを別々に展開していますが、2つをつなげてBtoBtoCで事業を展開しているオリグレスを見て、「そのような形も可能なんだ」と改めて気づかされたんです。しかも、業界の課題を解決していくうちに自然にたどり着いたビジネスモデルだというので、なおさら好印象でした。

事業計画を聞いても、これまでの取引先や協業先との連携をすぐに反映して大きなビジョンにつなげているのが伝わってきて、「このスピード感は当社も見習いたいものだ」と思ったのを覚えています。

吉武:確かに、創業3,4年のスタートアップながらすでに数千のエンタメ施設とやり取りをしてきているので、スピード感はあるかもしれません。

ただ一番のポイントは、一つ一つの営業を愚直に行ってきて関係性を地道に築いてきたということです。スタートアップの中には、営業の泥臭さを嫌ってテクノロジー100%になる会社もありますが、私たちは人と人の直接的な関係性を構築してきました。たまに「吉武さんは電通出身なので、上流側で上手く仕組み作ってやってきたんでしょ?」なんてことを言われますが、とんでもありません。創業期の営業は私一人だったので、08:00-22:00でずっと営業をしていました。「午前中に電話100件かけるまでは昼飯食べない」というルールも自分に課していました。今では私より優秀なチームが営業を担ってくれており、頼もしいです。そして、エンタメ施設に対してこうした粘り強い商談ができるのだから、IPの権利元とも着実に関係性を構築していけるはずだと自負しています。

――とはいえ、業務提携でも協業できたのではないかと推測しますが、あえて資本業務提携を選んだのはなぜですか。

菊地:財務企画を統括する立場として、出資しておいた方がPLにもたらす将来的な効果が大きいだろうと、シンプルに判断したからです。そこで、事業提携と出資を分けて別々に手続きを進めることにしました。

吉武:業務提携だと、どうしてもスポットの関係性で終わってしまいます。私たちは長期的なスパンで軌道修正しながらオウンドメディアを育てていきたいと考えていたので、長く濃く関わってもらえる形で契約を検討してもらえることになって、ありがたかったですね。

――その後の経緯について教えてください。

菊地:出資プロセスは決してスムーズとはいえなくて。先ほど小林が言及したように、同業メディアのM&Aは数多く実施してきたものの、スタートアップ出資はほぼ初めてだったので、ノウハウが全くなかったんです。そこで、資金調達クラウドの担当者に相談しながら、社内での出資条件を検討することからスタートし、その素地が固まった段階で出資案件としてオリグレスを提示して、ようやく社内で具体的な検討を進められるようになりました。

検討材料となる財務リターンの説明については、吉武さんにだいぶ細かく考えてもらいましたね。

吉武:出資してもらう側なので、当然ですよ。私たちにとっても、単に「面白そうだから」という気持ちで応援してもらうだけではなく、「経済合理性がある」と納得してもらった上で出資してもらったほうが後のコミュニケーションもシャープになるし。そこで、創業時から描いてきた上場計画をもとにストーリーを組み立てていきました。

この時、菊地さんと小林さんはもちろん、取締役CFOの加賀谷さんにも大変お世話になりました。今日はご欠席されていますが、加賀谷さんもお二方に並んで大きな存在だったことも語らずにはいられません。アイティメディア社内への説明用で、加賀谷さんがオリグレスのビジネスモデルや事業計画の課題について質問してくるのですが、ドメイン領域の事業でないにもかかわらず、解像度が高くてクリティカルな質問や指摘ばかりで驚きましたね。「私たちの事業に本気で向き合ってくれているんだな」と、大きな愛を感じました。

菊地:本人はもはやオリグレスの社員のつもりだったんでしょうね(笑)。

あと、社外取締役を含めた取締役会では、吉武さんに事前収録してもらった事業説明動画を流しました。吉武さんが資料を見せながら、事業内容や財務リターンについて話す動画ですが、私はその内容よりも吉武さんの人柄を見て欲しかったんですよね。自分が間接的に説明するよりも、本人が語っている姿を見てもらった方が、オリグレスに出資すべき意味が伝わると思って。

吉武:後日、菊地さんから社外取締役からのコメントを共有してもらったんですが、「信頼できそうな社長だ」と書いてくださっていた方がいて嬉しかったですね(笑)。

――その他、交渉で印象に残っていることはありますか。

菊地:出資の意向自体は定まったものの、出資額の意思決定に時間がかかって、最後までヒヤヒヤさせてしまったと思いますね。私と小林、加賀谷の間では、マイナー株主の中で一番の比率を確保したいと思っていたんですが、社内から「リスクを取りすぎでは」という指摘が入ったんです。

吉武:その頃は、私も本当にソワソワして落ち着かなかったです。数ヶ月時間をかけていた分、思い入れもありますし、成約するのかブレイクするのかによって、その後の計画が大きく変わるので、その先をなかなか動けない時間も続いておりました。

だからこそ、成約に至った時は嬉しかったですね。小林さんをはじめとする経営陣が「責任を持ちます」と言ってくれて決まったようなんですが、それを聞くと「小林さんたちが正しかったと言わせたい」という思いが芽生えます。

スタートアップ出資の第1号として、成功する姿を見せたい

(左から)アイティメディア 菊地氏、オリグレス 吉武氏、資金調達クラウド担当 高師
(左から)アイティメディア 菊地氏、オリグレス 吉武氏、資金調達クラウド担当 高師

――成約後の協業における進捗を教えてください。

吉武:オウンドメディアの構築については、「ねとらぼ」の責任者の方に採用すべき人物像などをアドバイスしてもらい、担当者の採用に漕ぎつけました。現在は、採用した担当者を含めてミーティングを重ね、具体的なアクションを進めているところです。

今後は経営陣との定例ミーティングも設け、事業進捗を報告しつつ、IPコラボレーションの成果などの情報も提供し、アイティメディアさんのビジネス機会の創出にも貢献していきたいと考えています。

――その先はどんなことを目指していますか。

吉武:短期的な目標は、上場ですね。財務リターンをしっかりとお返しし、「オリグレスで得をした」状態に早めに持っていきたいです。ただ、私は長期で会社を大きくしていくことに絶対的な自信と覚悟を持っていますので、売らない方がいいと思います。(笑)第一号の出資先として私たちが成功するか否かが、アイティメディアさんの今後のスタートアップ出資方針にも大きく影響を与えると思うので、緊張感を持って取り組みます。

菊地:日本社会の発展にアイティメディアの力をどう活用するかは、サステナビリティ上でも重要な観点です。スタートアップ出資はその手段の一つ。だからこそ、これからもスタートアップを応援し続けていきたいですね。

――最後に、資金調達クラウドを利用した感想を教えてください。

菊地:単なるプラットフォームではなく、裏側に人が見えるのが良いですね。資金調達クラウドの担当者がいなければ、「オープンイノベーションとは」「スタートアップ出資とは」という前提の認識を社内で揃えるだけでも、もっと時間がかかったはず。戦略策定まで踏み込んで支援してもらえて本当に助かりましたし、成約後も関係性を継続してやり取りできているのがありがたいです。

吉武:これまで複数のラウンドで利用してきたのは、事業会社の出資を求めているので相性がいいというのはもちろんですが、担当者との付き合いが長くなり信頼し切っているからでもあります。

今後も利用し続けるつもりですが、今回調達した資金をもとにM&Aの施策を進めていく予定なので、次は買い手として成約事例に登場するかもしれません。このような使い方ができるのも、資金調達クラウドならではですよね。

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