「資金調達クラウドがなければ出合わなかった」互いの先入観を乗り越えた2社が、食品×酵素開発で描く未来
投資家:フジ日本株式会社
出資先:株式会社digzyme
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祖業の精糖事業を土台に、総合的なフードサイエンス領域へ事業を拡張しているフジ日本精糖株式会社は、バイオインフォマティクスによる酵素開発をコア技術とする東京工業大学発のスタートアップ、株式会社digzyme(ディグザイム)へ出資を行いました。
一見近い領域ながら、マッチング当初は互いの事業に対する先入観もあったという両社。どのように相互理解を深め、成約に至ったのでしょうか。フジ日本精糖で事業推進部部長を務める杉山伸氏と、digzyme 代表取締役CEOの渡来直生氏に、その経緯と決め手を伺いました。
プロフィール
2004年フジ日本精糖に入社。管理本部経理部から経営企画室、営業戦略室を経て、タイ国の子会社に出向。タイ国ではManaging Directorとして新規事業である製菓製パン事業に約7年間携わる。帰国後は事業戦略室にて新規事業創出を担当。2024年6月より現職に至る。
2019年、東京工業大学博士課程3年在学中にdigzymeを共同創業、代表取締役に就任。2020年博士号取得(理学)。東工大の学部時代は、研究室所属前に国際合成生物大会iGEMにて金賞・Information Processing部門賞受賞。大学院では大規模メタゲノム・シングルゲノム解析、進化解析、シミュレーションなどの複数テーマと、腸内細菌ベンチャーで創業期の開発を経験。
学生主体の大学発スタートアップ バイオインフォマティクスを活用した新規酵素開発で課題を解決
ーーまず、digzyme様の事業内容について教えてください。
渡来:digzymeは、バイオインフォマティクスによる酵素開発の技術をコアにしたスタートアップです。酵素は、体内の化学反応に対して触媒として機能するタンパク質なのですが、高度なバイオ情報解析技術を武器に、酵素を活用したいと考えている企業に伴走し、酵素開発のコンサルティングから、酵素の探索・改良を通じた酵素デザイン、開発した酵素の量産までをサポートしています。
創業したのは2019年。私が大学院の博士課程に在籍していたときです。当時はバイオインフォマティクス全般を扱う研究室に所属していたのですが、研究の世界には優れた技術やノウハウがたくさん蓄積されているのにもかかわらず、社会にほとんど還元されていないことにもどかしさを感じ、「ならば自分で還元していこう」と思い立ったのがきっかけでした。教員ではなく、学生が起業の主体になっているという点で、一風変わった大学発スタートアップといえるかもしれません。
創業後しばらくは、化学系メーカーの酵素開発を支援することに注力し、比較的順調に事業は推移していました。世界的に見ても、いわゆる「合成生物学」の企業は伸びており、アメリカや日本で上場する企業も現れていたので、スタートアップとしての成長ストーリーは描きやすかったといえます。
ーーその中で、どのような経緯で資金調達クラウドには登録したのでしょうか。
渡来:隣接領域で上場したアメリカ企業の業績悪化などの影響を受けて、本来想定していた筋書きでは投資してもらうのが難しくなったんです。「新たな方法で出資元を探さなければ」と焦っていたときに、たまたまDMが来たのが資金調達クラウドでした。
オープンイノベーションで単なる“精糖メーカー”からの脱皮を図る
ーーフジ日本精糖様は、精糖事業を祖業としつつ、現在はさまざまな領域へ事業を拡張していると伺いました。
杉山:おっしゃる通りです。社名から「砂糖を製造する会社」というイメージを持たれがちなのですが、70年以上の長い歴史の中で、積極的に新規事業を生み出してきたこともあり、非砂糖事業が売上比率が年々向上しています。現在では、精糖事業と非砂糖事業がほぼ同率となりました。
非砂糖事業には、砂糖を生かした切り花活力剤を製造・販売するキープ・フラワー事業や、食品添加物や機能性素材の製剤加工などを行うフードサイエンス事業などがありますが、特に成長しているのが、イヌリン事業です。
イヌリンは、野菜類に含まれる水溶性食物繊維の一種で、腸内環境の改善に役立つものとして注目を集めています。当社は1990年代に、世界で初めて酵素法で水溶性食物繊維イヌリンの製造に成功し、世界で唯一サトウキビを由来とするイヌリン「Fuji FF」を販売してきました。現在は生産能力向上の為、生産拠点をタイ国に移しており、今後は生産拠点であるタイや周辺の東南アジア諸国への輸出強化、アメリカなどの新市場にも進出する予定です。
ーー出資を検討するようになったきっかけは何だったのでしょうか。
杉山:今後事業をさらに成長させるには、社外のリソースを活用することが不可欠だと考えたんです。
先ほどお伝えしたように、当社は単なる「精糖メーカー」ではなく、総合的な「フードサイエンスカンパニー」になることを目指しています。だからこそ、非砂糖事業におけるイヌリンの生産効率化や新規素材の開発などに取り組まなければなりませんが、社内のリソースにはやはり限界があります。
そこで、オープンイノベーションの形で協業できるような、関連テクノロジーに強みを持つ企業を探し始めたんです。その過程でたまたま見つけて登録したのが、資金調達クラウドでした。
第一印象は「なぜ?」 予想外の企業からのスカウトに驚き
ーー今回は、フジ日本精糖様がdigzyme様にスカウト(出資検討企業が資金調達を希望する企業へ直接メッセージを送ることができる機能)を送ったことでことで、交渉がスタートしました。
杉山:もとはといえば、資金調達クラウドで新しく資金調達を希望する企業が登録されたときに送られてくる「通知メール」がきっかけでした。毎回ざっと目を通してはいるのですが、digzymeさんの通知メールでは「酵素」というワードが目に飛び込んできて、「これは当社と関連があるかもしれない」と。
R&Dチームのメンバーたちにも意見を聞いたところ、さまざまな反応がありつつもとにかく興味は持った様子。そこで、一度話をしてみたいと思い、スカウトを送ったんです。
ーーそのスカウトを受け、digzyme様はどのように感じましたか。
渡来:正直なところ、「なぜ精糖会社から?」と驚きました(笑)。もともとメインで想定していた協業先は化学系メーカーでしたし、当時はフジ日本精糖さんが、精糖事業以外にも先進的な取り組みを行っているのを知らなかったんです。おそらく、スカウトが来なければ当社からアプローチすることはなかっただろうと思いますし、資金調達クラウドでなければ実現しなかった出合いだと思います。
ーーそれでも、面談に進むことにした理由は。
渡来:まず、当社がビジネスモデルの転換期だったことが大きいですね。ちょうどスカウトを受け取った時期に、食品系酵素の業界でキャリアを積んできた宮内琢夫(現:取締役CSMO)と知り合い、「食品業界にも、酵素開発に困っている企業はたくさんある」と聞いたんです。
それなら、単に化学系メーカーの研究開発をサポートする「支援者」にとどまるのではなく、さまざまな業界のハブとなって酵素デザインから量産までを行う「酵素業界のプレーヤー」を目指そうと決め、食品業界を含む幅広い業界を、取引先・協業先として視野に入れ始めました。
そして、フジ日本精糖さんの事業内容を調べてみると、イヌリン事業に酵素が深く関わっているらしいということが見えてきた。出資元の幅を広げたいという、もともとの思いもあいまって、「シナジーがあるかもしれません」とお返事したんです。
当初は懐疑的な意見も、熱を込めた話し合いで考えが変化
ーーその後、初回面談はどのように進んだのでしょうか。
杉山:まずは両社の自己紹介から始めたんですが、すぐに専門的な話になりましたね。
というのも、初回面談からR&Dチームのメンバー2人に参加してもらったのです。そのうち1人は、当社のイヌリン開発プロジェクトに古くから関わり、正にイヌリン生産酵素の発見者でした。様々な場所の土を持って帰っては酵素を抽出して調べるという、昔の地道なやり方を知り尽くしている分、データ解析を通して酵素をデザインするというdigzymeのソリューションを聞いても、「そんなに簡単にできるの?」と興味半分、懐疑の目も向けていました。
ただ、そこでdigzymeの宮内さんが、議論をうまく前に進めてくれたんですよ。
渡来:ちょうどタイミングよく、宮内が当社の顧問になったので、実質的な初仕事として同席をお願いしたんです。宮内は40年弱食品業界に身を置き、酵素開発の変遷にも明るいので、フジ日本精糖さんの事業内容や、イヌリンの開発工程についてもよく理解していました。だからこそ、「かつてはこういう風に開発していたよね」という昔話から入って共感を得つつ、「でも今は違う」という内容に進めることができたんだと思います。
ーーでは、その後すぐに意気投合されたと。
杉山:いえ。もう一つ、「GM(遺伝子組み換え)酵素」の考え方が大きな論点として残っていました。イヌリンは食品であり、半ば暗黙の前提条件として「GMはダメだ」と思っていたんです。
でも、digzymeさんの酵素は、微生物の遺伝子組み替え操作を経て作られた「GM酵素」。果たして使ってもよいものかと悩みました。そのときに、いわゆるGMO(遺伝子組み換え作物)とGM酵素の違いを、digzymeさんに説明してもらったんですよね。
渡来:GMOは、食用部分の細胞自体が遺伝子組み換えでできていますが、GM酵素については、遺伝子組み替えがなされたものを直接食べるわけではありませんし、GM酵素自体も食品の加工過程で除去または失活するので、成分としては残らないんです。
北米をはじめ、海外ではGM酵素の市場が広がりつつありますし、日本でも正当な手続きを踏めば、問題なく使用できる環境が既に整っていると、宮内が熱く語っていたのを覚えています。
杉山:それを聞いて、「レピュテーションの課題はともかく、実質的なレギュレーション上では実現可能性があるかもしれない」と考えました。当社の社長も前向きな興味を示したので、ひとまず共同研究を開始し、並行して出資のプロセスを進めていくことにしたんです。
ーーそのプロセスで、印象に残っていることはありますか。
杉山:一緒に飲みに行ったときのことは鮮明に覚えていますね。当社が社長を含む数名でdigzymeさんのラボを見学させてもらったあと、digzymeさんの幹部の方々と近くの居酒屋に入ったんです。
今だからいいますが、そのとき私は「みんな、普通の若者なんだ」という妙な安心感を感じていました(笑)。それまでずっと、研究者としての彼らのレベルの高さに圧倒されるばかりだったので、至って普通の世間話に興じている様子を見て、人間的な親しみを覚えたんですよね(笑)。
渡来:あれ、そうでしたっけ。私は当日体調が悪くて、正直なところあまり記憶がないです(笑)。私はそもそも最初から、フジ日本精糖のみなさんを信頼していましたよ(笑)。
ーー逆に、交渉の中で難しかったポイントがあれば教えてください。
渡来:フジ日本精糖さんとの交渉で苦しんだ点は、特に思い浮かびません。ただ、株主構成を含め、資本政策表を作るのには苦労しましたね。各業界とつながり、事業を社会に実装していくためにも、事業会社にステークホルダーになってもらいたいと強く思っていたので、うまく枠を空けられるよう、必死に調整しました。
杉山:私もdigzymeさんとの交渉はスムーズだったと感じていますが、取締役会での合意形成は想定以上に大きなハードルでした。当社にとっては初めてのスタートアップ出資だったこともあり、リターン予測やIPOの蓋然性、事業計画との乖離可能性など、さまざまな論点が上がってきたんです。そこで、副産物のバリューアップといった目先のシナジーだけでなく、より長期的な視点からも相乗効果が見込めることをアピールして、最終的に出資決定に至りました。
「仲間」だからこそ、現場レベルで協業できる
ーー今後は、どのように協業していこうと考えていますか。
杉山:まずは、先ほども言及したように、製造副産物のアップサイクルに両社で取り組んでいきたいと考えています。
渡来:この課題に対するアプローチはいくつか考えられますが、一つのアプローチについては、バイオインフォマティクスの解析が既に完了しており、実験段階の手前まで来ています。そのほかのアプローチもいくつか提案しているので、成果につなげられるよう、引き続き努力していくつもりです。
杉山:それに当たって、近々当社のタイの生産拠点を見てもらいたいと考えています。どのような過程を経て、どのような規模感で、どのように生産してしているのか。おそらく現場には、すでに顕在化している課題に限らず、さまざまな悩みがあると思うので、生の声を聞いて確認してもらいたいなと。
渡来:私たちにとっても本当にありがたい話です。バイオインフォマティクスは、相当繊細なことを行っているので、実際の感覚値なしにコンピューターに対峙しているだけでは、解析結果がズレることがあります。だからこそ私たちも、現場を知りたいのですが、通常の共同研究だとなかなか難しい。今回、現場を見る機会を与えられるのは、資本業務提携を通して「仲間」として認識してもらっているからこそだなと実感します。
ーー最後に、資金調達クラウドを利用を検討している企業に向けて、感想やメッセージをお願いします。
杉山:資金調達クラウドは、出資企業にとって気軽に使いやすいサービスだと思います。
例えば、仲介モデルのサービスだと、一度面談をしたあとは交渉をやめづらいなど、コミュニケーション面で不自由を感じることがありますが、資金調達クラウドは交渉相手の企業と直接やり取りできる分、企業探しのフットワークが軽くなる気がします。
また、掲載記事や登録情報なども充実しているので、NDAを結ぶ前にある程度相手企業をイメージできるのも魅力ですね。digzymeさん以降、お声かけした企業はありませんが、今後も協業パートナーとの出合いに期待しています。
渡来:スタートアップ側からすると、資金調達クラウドはかなりコストパフォーマンスが高いサービスだという印象です。手数料がかからないのはもちろん、記事を用意してもらえるのもありがたかった。おかげで複数企業にお声がけいただき、私がかけた労力をはるかに上回る結果が得られました。今回の出合いは資金調達クラウドでなければ実現できなかったと思います。
そしてそもそも、資金調達の文脈で事業会社とコンタクトを取れるプラットフォームは貴重です。今後はここで得られた出合いを生かしながら、さらに成長していきたいと思います。