「一見遠回りでも、結果的には近道だった」事業検証でシナジーを見極め、契約締結へ

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「一見遠回りでも、結果的には近道だった」事業検証でシナジーを見極め、契約締結へ

都市ガス最大手であり、電力販売やソリューション提供も強化している東京ガス株式会社は、独自の強みを持ったエッジAI(ネットワークの端末機器に直接搭載したAI)を開発・提供する株式会社エイシングへ出資を行いました。

互いに出会ってから、半年近い事業検証期間を挟み、シナジーをじっくりと見極めたという両社。どのように信頼関係を構築し、成約に至ったのでしょうか。

東京ガス カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー ソリューション共創本部 Joy事業グループ グループマネージャーの浦田昌裕氏と企画チーム チームリーダーの松川倫典氏、エイシング 代表取締役CEO 出澤純一氏と経営管理本部取締役 関美幸氏、取締役COO 伊藤眞理子氏に、その経緯と決め手を伺いました。

プロフィール

東京ガス株式会社 カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー ソリューション共創本部 ソリューション事業創造部 Joy事業グループ グループマネージャー 浦田 昌裕(うらた・まさひろ)

化学メーカーの生産技術部に所属。会社の事業転換に伴い、新規製造設備の設計や技術開発等に携わる。2016年、東京ガスに入社し、産業エネルギー事業部 産業技術グループ、先端技術開発室を経て現職。日本たばこ産業グループから事業譲受によって継承したJoy事業の責任者として、事業を推進中。

東京ガス株式会社 カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー ソリューション共創本部 ソリューション事業創造部 Joy事業グループ 企画チーム チームリーダー 松川 倫典(まつかわ・みちのり)

2013年、東京ガスに入社し、産業エネルギー事業部、エネルギー企画部を経て現職。日本たばこ産業グループから事業譲受したソフトウェア事業、Joy事業の譲受~PMIを推進。企画チームの責任者としてアライアンス・M&Aを活用した事業発展を推進中。

株式会社エイシング 代表取締役CEO 出澤 純一(いでさわ・じゅんいち)

2004年、早稲田大学ビジネスコンテスト「ワセダベンチャーゲート」最優秀賞。2008年、早稲田大学大学院理工学研究科精密機械工学専攻。修士卒業後は、会社経営と並行し、AIアルゴリズム研究も行う。2016年12月、株式会社エイシング 代表取締役CEOに就任。

株式会社エイシング 経営管理本部取締役 関 美幸(せき・みゆき)

短大卒業後、化粧品メーカー16年勤務、物流、購買、生産管理、営業、総務等の経験を経て、エイシングへ参画しバックオフィスを担当。2021年8月当社取締役就任。

株式会社エイシング 取締役COO 伊藤 眞理子(いとう・まりこ)

アクセンチュア、EY Strategy & Consulting等 でディレクターとして長年、活動の後、ベンチャー企業(2017年IPO)で取締役COO、 その他多数のベンチャー企業へバリューアップを主とした支援を行い、現在に至る。青山学院大学経営学部経営学科卒。Women’s Leadership Institute修了(UCLA Anderson School)。

「自社プロダクトの価値をさらに高めたい」東京ガスが出資を検討した経緯

東京ガス株式会社  浦田 昌裕氏(左) 松川 倫典氏(右)
東京ガス株式会社 浦田 昌裕氏(左) 松川 倫典氏(右)

ーー東京ガスは、ガス・電気の販売からビジネスソリューション提供まで、多角的に事業を展開されています。今回の出資で中心的な役割を担った、カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー ソリューション共創本部 Joy事業グループは、どのような部署なのでしょうか。

浦田:私たちのグループが所属するカスタマー&ビジネスソリューションカンパニーは、小売りの事業を包括するカンパニーです。ここでは、東京ガスと聞いたときにみなさんがイメージするような、ガスや電気の小売りを行いながら、私たちが所属するソリューション共創本部にて、BtoBの新規事業の企画・開発を行っております。

中でも、Joy事業グループは、日本たばこ産業株式会社グループから譲り受けたソフトウェア『Joyシリーズ』の開発・提供を行っています。2022年1月の事業譲受をきっかけに設立された新しいグループです。

ーー『Joyシリーズ』の概要を教えてください。

浦田:一言でいうと、工場やビル、再生可能エネルギー、インフラ施設などの現場業務の生産性を向上するためのソフトウェアです。国産で高機能ながら、価格はリーズナブルで、導入やカスタマイズも容易なのが特長となっており、年間約2,000以上のライセンスを販売しています。

『Joyシリーズ』には様々なプロダクトがありますが、中でも主力となっているのが『JoyWatcherSuite』です。現場設備のデータを収集し統合管理することができる、いわゆる「SCADA(スキャダ:監視制御・データ取得)」というシステムを構築するためのソフトウェアで、ニッチな分野ですが販売数で国内トップシェアの製品で、これまで工場、プラント、ビルを中心に多くの施設に導入いただいています。

ーー工場、プラント、ビルの現場業務を効率化するプロダクトなのですね。では今回、どのような経緯で出資を検討するに至ったのでしょうか。

松川:現在の『Joyシリーズ』の強みを活かし事業領域を広げていくために、高度な技術を持つ他社の協力が必要だと考えたのがきっかけです。

事業領域を拡大する方向性として私たちの主力製品である『JoyWatcherSuite』で収集するデータの利活用がありました。データを集めたもののどう活用していいか分からないお客さまや、活用したいテーマはあるものの人材不足などの理由で実現できないお客さまに対して、データ収集後のソリューションまで提供するというコンセプトです。

このコンセプトを形にして、持続可能なビジネスにしていくことは難易度が高く、一緒にお客さまの課題に向き合ってくれる開発パートナーを探すことにしました。

ーーそのパートナー探しの過程で、資金調達クラウドに登録いただいたということですね。

松川:その通りです。パートナーの探索としては、展示会に足を運んで探したり、元々同じ方向を向いて課題に取り組み続けるために資本提携も視野にいれていたことから仲介会社から紹介していただくことも同時並行で行っていましたが、少しでも良いパートナーに出会える確率をあげるための施策としてマッチングプラットフォームの利用を検討しはじめました。また、既存事業の運営をしながらパートナー探しをしなければならない制約があったことからも効率的にパートナー探しを行いたいニーズもありました。

その中でも資金調達クラウドは、企業紹介の記事を作り24時間私たちの思いを見ていただけるようにできること、私たちがリーチしたいスタートアップ層が多く利用していたことから「ここだ!」と思い登録を決めました。

エッジデバイスで学習も予測も 独自エッジAIで数々の特許取得

株式会社エイシング 出澤 純一氏(左) 関 美幸氏(中央)伊藤 眞理子氏(右)
株式会社エイシング 出澤 純一氏(左) 関 美幸氏(中央)伊藤 眞理子氏(右)

ーーエイシングは、エッジAIの開発に強みがあると伺いました。エッジAIの概要や、エイシング独自の強みを教えてください。

出澤:エッジAIは、エッジ端末(ネットワークに接続された端末装置)でデータを処理できるAIです。

従来のディープラーニングをはじめとするAIは、クラウドサーバー側でデータの学習と予測を行い、末端のエッジデバイスとの間で通信を行います。大量のデータ処理が可能な反面、通信が発生するため、リアルタイムでの反映が必須の場面では使用することが難しいのがデメリットでした。

そのデメリットを解消し得るのがエッジAIです。エッジAIは、クラウド側で行っていた予測をエッジデバイス側で行うようにし、エッジデバイス側で予測から制御までを完結させることで、リアルタイム性を確保できます。ただ、これまでは学習だけはクラウド側で行う必要があり、通信を完全に排除することはできないため、セキュリティには課題が残るのが難点でした。

一方、当社独自のエッジAIは、エッジデバイス側で予測だけではなく学習まで行うことができるのが特徴です。超軽量なので、リッチなコンピュータリソースが使えないエンドポイント機器でも、AIが活用できるんです。

ーーエッジAIの有用性をさらに高めた技術なのですね。

出澤:その通りです。この技術が生まれた背景には、私自身の研究におけるバックボーンが深く関わっています。私はもともと、大学で機械工学を学んでいたのですが、ロボットの研究室に配属され、知能制御の研究を始めることになったんです。こうして、機械工学と情報工学が重なるニッチな複合領域が私の専門分野になり、独自のエッジAI開発に繋がったのだといえます。

伊藤:私たちの技術力の高さは知財にも現れています。現時点では、国内外で28件の特許を取得していて、しかも取得率なんと100%なんです。私たちがターゲットにしている領域がいかにブルーオーシャンか、その中で私たちの技術がどれだけ優位性を持っているかが伝わると思います。

ーーエイシングの強みがよくわかりました。では、資金調達クラウドを利用するに至った経緯はいかがでしょうか。

出澤:まず、事業の運用資金を確保するために、資金調達が必要だったんです。技術の専門性が高い分、開発投資が先行し、売上はなかなかついてこない。一定期間、耐え忍ばなければならないビジネスなんです。

そして、資金調達するなら、お金だけいただくよりも、事業自体を応援してもらいたいという思いがありました。理想は、資本の契りを結んだ上で、互いに事業を加速できるような協業パートナー。そこで、私たちに将来性を感じて評価してもらえる事業会社を探すことにしました。

関:パートナー企業を探すには、取引先の中から見当をつけるという方法もありましたが、やはり時間も手間もかかるなと。もっと探しやすい手段はないかと思っていた時に、たまたまFacebookに資金調達クラウドの広告が上がってきたんです(笑)。早速登録してみたら、使い勝手もよくて、ここで資金調達先を探そうと決めました。

より多くの顧客にプロダクトを届けたい 思いが一致した両社

ーーエイシングからの打診に、東京ガスが応える形で、やり取りがスタートしましたね。

関:はい。他にもいくつか当社の技術と親和性のありそうな企業にアタックしてみたのですが、中でも特に誠意のあるお返事をくださったのが東京ガスさんでした。

松川:エイシングさんからいただいた事業紹介の資料を拝見した際に、私たちの描く事業構想、世界観に重なりを感じたこと、またミッションや思いも近しいものを感じ、ピンときました。

ーー具体的には、どのような「思い」ですか。

浦田:「すべての事業者さまのデジタル化のきっかけとなるインフラをつくる」が、わたしたちJoy事業グループのミッションです。ビジネスモデルとしては、高額な商品を少しだけ販売するパターンもありますが、私たちはむしろ、プロダクトの価格を抑えて、より多くのお客さまの役に立ちたいと考えてきました。

このミッションは、日本たばこ産業グループから引き継いだ際に作ったもので、事業譲受に伴う転籍者や中途採用者など、様々なバックグラウンドを持つ人材をまとめる上でも、大事な役割を果たしてきました。このため、資本を入れて本格的に協業するのであれば、近い考えを持つ企業がいいと思っていました。

松川:そこでエイシングさんの資料を見ると、「あらゆるデバイスにAIを」というビジョンが飛び込んできました。色々なお客さまに使っていただくという思いで開発していることが伝わり、同じ方向を向いて事業開発ができるのではないかと感じました。

出澤:ミッションやビジョンの近しさで目を留めてもらったとは。資料に書いておいてよかったです(笑)。

ーーその後、オンライン面談で顔を合わせたとのことですが、互いの印象はいかがでしたか。

浦田:現場感覚のあるAI企業だなと思いましたね。

例えば、製造業の現場は、厳重な規格があるので、冷凍機の送水温度が少しずれただけで、製造などのロスに繋がってしまうような世界です。一方で、AIベンダーの多くは、AIの技術には詳しくても、現場のそういったシビアさや怖さを理解しきれてない場合があります。エイシングさんがそういった企業ならば、手を組むのは難しいだろうなと考えていましたが杞憂に終わりました。

出澤:私たちエイシングは製造業のお客様との取引が多いので、製造業のお客様に刺さる言葉を知っていたわけです。それをお伝えすれば、「この企業はわかってるな」と思ってもらえるだろうと計算して、意図的にアピールした部分はあります(笑)。

浦田:あれ、私たちがそのアピールにハマったのですね(笑)。

出澤:ただ、そもそもアピールが通じたのは、互いに求めているものが共通していたからこそですよね。私も、熱量高く聞いてもらえたのが嬉しかった覚えがあります。技術的な細かい話も出たりして。

浦田:確かに。初期の面談で、強化学習についての議論を既に始めていましたね。

「結果的には近道だった」 検証期間を挟み、シナジー検証

ーーその後、どのように交渉が進んだのでしょうか。

浦田:まずはPoC(概念実証)という形で、資本を入れない状態で事業検証から始めました。

エイシングさんには大きな可能性を感じていたものの、私たちが取り組もうとしている課題が、客観的に見ても難しいことはわかっていたので、協業してどのようなことができそうか、検証してみた方がいいだろうと考えたんです。

そこで、私たちの施設に来てもらってデータを共有し、打ち合わせを重ねました。

出澤:私としては、AIである以上、「やってみないとわからないな」というのが正直な感想でした。

もちろん、それまで当社が製造業で積み重ねてきた実例と似た案件だったら、90%以上の確信を持って「できる」と言い切れたと思います。でも、インフラ領域の案件は初めてだった。「エッジAIの制御の技術はインフラ領域でも生きるはず」と考えてはいても、やったことがない状態では、感覚でしか判断しようがありませんでした。

ただ、そんな中でも、60%以上の感覚で「なんとかできるだろう」とは思っていました。私たちは、通常のAIベンダーとは違って、AIに限らず、様々なデータ分析手法の中から、最適な解決策を提案するのが信条。手法のバリエーションが多いからこそ、最適な解法もきっと見つかるはずだと考えていたんです。

浦田:実際、PoCの期間中に、相互理解が大きく前進しました。最終の報告を見て、この調子でいけば、かなり高い確率で成功できるのではないかと、期待が膨らみましたね。

ーー最終的な決め手は何でしたか。

浦田:自分たちのグループはもちろん、他部署も一緒になって、エイシングさんとのプロジェクトを進められたのが大きかったです。

出資でよくあるのが、交渉自体は熱量高く進んでいても、実際に一緒に働く現場の部署は冷めているというケース。それだと、せっかく協業してもシナジーが出ません。

でも今回は、当社内でAI開発を行っている部署と早い段階で一緒に進めることができました。プロジェクトが進むにつれて、「エイシングさんとの協業で、東京ガスのAIをもっと進化させたい」という強い意気込みが醸成されていきました。

このように、検証面だけでなく、組織面でも成果が見えたからこそ、経営層としても出資という決断に至れたのだと思います。一見遠回りでも、結果的には近道だったと考えています。

出澤:私は、そういった社員さんたちの人柄に惹かれましたね。

これまで、技術的な説明だけでビジネスの話はさせてくれないような企業にも、たくさん会ってきました。でも、東京ガスのみなさんは、大企業とスタートアップという垣根もなく、常に対等に接し、熱心に話し合ってくれた。交渉でもPoCでも、私たちを大切にしてくれているのがすごく伝わったんです。

また、「焦らずに関係を深めていこう」と合意できたのも、大きなポイントでした。当社は、調達の期限は決めていたものの、あと数カ月で資金が底をつくという窮地ではなかった。調達スケジュールに余裕を持っていたので、PoCにも全力で取り組めたのだと思います。

浦田:その点は、エイシングさんに本当に感謝しています。もし、検証期間を設けず、一足跳びに交渉を進めていたら、この結果にはなっていなかった。エイシングさんがどっしりと構えて下さったからこそ、当社も着実に合意形成を進め、出資に漕ぎ着けることができました。

互いの強みを生かし、包括的な協業へ

ーー今後の目標を教えてください。

出澤:まずは、東京ガスさんの『Joyシリーズ』プロジェクトを成功させることが第一の目標です。初めてインフラ領域に取り組むことになるので、東京ガスさんに課題や知見を教わりながら、シナジーを出していきます。しかも、ちょうど最近開発している技術が、インフラ領域でも活かせそうなので、既存プロジェクトに限らず、多方面で包括的に協業していけたら嬉しいですね。

私たちは、技術には絶対的な自信がある一方で、外に向けた発信が圧倒的に足りていない。だからこそ、虎の威を借りてではないですが、私たちの技術をもっと世に打ち出していきたいと思います。

浦田:私たちも同じ思いです。今のプロジェクトは、このまま目標に向かって突き進みたいと思います。また、それ以外にも、プロダクトを生み出せる可能性がありそうだと感じています。

当社はちょうど2023年11月に、IGNITURE(イグニチャー)というソリューション事業ブランドを立ち上げたばかりで、全社を上げてソリューション開発を進めております。だからこそ、エイシングさんがソリューションのコアとなるようなAI技術を提供してくれるのではないかという期待値があります。当社の方針とエイシングさんの思い、両方が重なるところで、協業の範囲を広げていきたいですね。

ーー資金調達・出資を検討されているみなさんに一言、資金調達クラウドに関するメッセージをいただければ幸いです。

関:資金調達クラウドは、マッチングプラットフォームでありながら、サポートが手厚いのが良かったです。もし、全部自分たちでなんとかしなければいけないという状態だったら、戸惑うことも多かったはず。でも、登録した後に直接連絡があり、ツールの使い方や企業の探し方などを丁寧に教えてくれたので、安心して使えましたね。

松川:私たちにとっては、出資のオファーがたくさんいただけるのがありがたいです。記事を掲載して、いつでも私たちの思いを見てもらえるようにしたのは、正解だったと感じています。利用に関して社内の稟議を通した甲斐がありました。

ーー貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

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