「出資」のスキームが選べたからこそ成約できた。日本とベトナムのメディアが、文化の違いを活かしたシナジー創出へ

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「出資」のスキームが選べたからこそ成約できた。日本とベトナムのメディアが、文化の違いを活かしたシナジー創出へ

2022年7月、妊娠・出産領域でメディア事業などを行う株式会社ベビーカレンダーは、ベトナムで「食育」に特化した動画メディアを運営するWANNA LLCと資本提携を行いました。

経済成長の著しいベトナムを起点に、両社は今後どのようなコラボレーションに取り組むのでしょうか。出資・資金調達の経緯や協業の取り組みについて、株式会社ベビーカレンダー代表取締役の安田 啓司氏と同取締役の竹林 慶治氏、WANNA LLCの羽根井豊氏にお伺いしました。

プロフィール

株式会社ベビーカレンダー 代表取締役:安田 啓司(やすだ・けいじ)

岡山県生まれ。大学卒業後、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。女性向けサイト『ウィメンズパーク』の立ち上げ、妊娠・出産・育児雑誌『たまひよ』、生活情報誌『サンキュ!』などの事業責任者を担う。2013年、クックパッド株式会社に執行役として入社。サイト全般、広告事業、広報を経験したのち、ベビー、キッズ、ダイエット分野の新規事業立ち上げに携わる。2015年、株式会社クックパッドベビー代表取締役社長に就任。2017年、事業譲渡によりビジネスを引き継ぎ、株式会社ベビーカレンダーに社名を変更。

株式会社ベビーカレンダー 取締役:竹林 慶治(たけばやし・よしはる)

広島県生まれ。1993年4月、ひろしま会計事務所(TCA税理士法人)に入所。税務・会計業務の主任として業務全体の責任者を担う。2004年2月、食品製造卸の丸上食品工業株式会社に入社。ルートセールスとして営業職に携わる。2009年2月、渡辺税理士事務所に入所。ベンチャー企業の経理全般を請け負う事業の事業責任者を担う。

WANNA LLC 代表取締役:羽根井 豊(はねい・ゆたか)

埼玉県生まれ。東京理科大学理工学部卒。NTT DOCOMOにて、サービス企画、法人営業業務に7年従事後、SoftBankにて、携帯電話事業の立ち上げ業務、サービス企画、事業戦略業務を2年経験。その後、大手インターネット広告会社にて、モバイル戦略業務及び、新規事業開発の責任者として3年半の経験を経て、起業し、9期代表を歴任。ベトナムには、2017年7月に、WANNA社を設立。現在は、ベトナムにおける食育エコシステムの実現を目指し、ベトナム人向けのメディア事業を行う。

「出資」というスキームがベストだった。M&Aをメインに検討していたベビーカレンダーが出資に踏み切った理由

妊娠・出産に関する情報を発信するメディア『ベビーカレンダー』
妊娠・出産に関する情報を発信するメディア『ベビーカレンダー』

――ベビーカレンダー様は、ママ向けのメディア事業や、産婦人科向けに経営支援システムを提供する事業を展開していらっしゃいます。今回、どのような背景があり、出資を検討されたのでしょうか。

安田 当社では、既存事業を拡大するとともに、新たな収益の柱を増やすことで、より安定した経営を行う成長シナリオを描いています。そのために、自社でのサービス立ち上げに取り組んでいるほか、スピードアップのためにM&Aも常に検討しています。

特に、主軸であるメディア事業を拡大していくうえで、ターゲットとしている国内の妊娠・出産市場に限界があることは、将来的な課題として認識しています。今すぐにということではないですが、ゆくゆくは海外、特に人口が増加傾向にあり出生数の多いアジアに乗り出したいとは思っていました。

しかし、当社は海外展開のノウハウがあるわけでもないし、海外人材もいません。いきなりアジアに進出してもうまくいかないだろうと悩んでいた。そんな時に、M&Aクラウドを通じてWANNAさんから出資の打診があったんです。

ーーベビーカレンダー様は買収をメインの目的としてM&Aクラウドをご利用くださっていましたが、今回は出資というスキームがフィットしていたということですね。

安田 そうですね。当社は、さまざまなM&A関連サービスを利用していますが、最も案件が多いのはM&Aクラウドで、主に買収案件を検討しています。

毎月多くの企業から打診をいただくのですが、最近は出資の要望も増えてきたんです。今回は、未知の海外ビジネスということで、応援する意味も込めて「出資」というスキームが当社にとってもベストだったと思います。1つのサービスの中でM&Aと出資、どちらもフレキシブルに検討できるのはよいですね。会社売却を希望しているのか、事業売却を希望しているのか、あるいは資金調達を希望しているのか、先方の要望が明確でない場合は困ってしまいますが。

買い手企業のページを参考に資金調達。事業の多角化を目指すベトナムの食育メディア

ベトナムで食育を意識したフード動画を発信するメディア『TasteShare』
ベトナムで食育を意識したフード動画を発信するメディア『TasteShare』

――WANNA LLC様は、2017年に羽根井様がベトナムで設立した、フード動画メディアの会社です。ベトナムでこの事業を立ち上げた経緯や、市場における強みを教えてください。

羽根井 もともと私は10年以上前に日本で起業し、アプリ開発やデジタルマーケティングの事業を行っていました。その会社のエンジニア不足を解消するために、2017年、ベトナムでオフショア開発事業を始めたのです。

頻繁にベトナムに通ううちに気づいたのは、「食の安全性に対する意識が低く、知識も浅い」ということ。ベトナムでは2017年に初めて栄養士の資格制度が設立されたくらいで、国全体として食育への知識は深くありません。

コンビニの食品やファミレスのメニューにも栄養成分や食品添加物の表示がほとんどないくらいです。健康に気を遣う親の元、安全な食生活を当たり前のものとして受け入れてきた私にとっては、それが大きなストレスでした。

ベトナムにおいて、食の大切さを伝え消費者の意識を変えていくための環境、つまり食育のエコシステムの必要性を感じ、またそこにビジネスチャンスがあるとも思い、まずは人に伝える発信力をもつために、2018年に『TasteShare』というレシピ動画メディア事業を開始しました。日本でいえば『クラシル』『デリッシュキッチン』のようなサービスです。

『TasteShare』では、レシピなど食にまつわる情報発信のほか、メーカーのPR活動支援事業を展開しています。スタートから4年間、ほぼ広告を打たずに約110万人のユーザーを獲得し、月間500万人のリーチがあるメディアに成長しました。現在、ベトナムで「食育」を意識したメディアとしてはオンリーワンの存在となっています。

――食の安全性に対する意識が低い国だからこそ、食育をテーマにしたフードメディアに目を付けられたわけですね。事業立ち上げ後、どのような背景で資金調達を検討されたのでしょうか。

羽根井 現在はメディア上でのプロモーションや、動画制作などを収益の軸としており、お付き合いのあるクライアント様も100社近くになってきましたが、今後は、ベトナム人に知識だけではなく体験を提供するために、『TasteShare』のブランド力を活かし、健康食品などのD2C事業や流通事業などを展開していく計画を立てています。そのために資金が必要なのはもちろん、これらの想いにご賛同をいただけ、何らかの強みを持つ企業と手を組みたいと考え、パートナーを探し始めたんです。

その時に、M&Aクラウドを使うことを思いつきました。実は、数年前にたまたまM&Aクラウドの方と知り合い、登録はしていたんです。機会がなくて使っていませんでしたが、送られてくるメールなどは見ていました。プラットフォームで資金調達ができることを思い出し、2021年末頃から本格的に使い始めましたね。

ーー登録からしばらく時間を置いてご活用くださったということですね。使われてみていかがでしたか。

羽根井 買い手企業として事業会社の登録が多い点が魅力ですね。

VCについてはリストも多くあり、自分からしアプローチしやすい。一方事業会社については、資金調達側からすると、そもそも出資をしているのか、どのような領域を対象としているのかなど、わからないことが多いんです。

M&Aクラウドでは、買い手企業のページに、「どんな思いで出資に取り組んでいるか」が書いてあって参考になりました。

UIもわかりやすく、すぐに使いこなせるようになるのがいいですね。

事業で大切なのは「人」。おおらかなアドバイスで新規事業の立ち上げを後押し

(左上)ベビーカレンダー:安田 啓司(右上)同:竹林 慶治 (中央下)WANNA LLC:羽根井豊
(左上)ベビーカレンダー:安田 啓司(右上)同:竹林 慶治 (中央下)WANNA LLC:羽根井豊

――2022年3月末にWANNA LLC様がベビーカレンダー様に打診していますが、なぜ同社を選んだのでしょうか。

羽根井 主に女性に向けたメディアを運営しているという共通点があったのと、ベビーカレンダーさんが募集エリアに「海外」も含めていた点です。ベビーカレンダーさんが今後アジアに進出するとしたらお手伝いできることがあるかと思い、打診しました。

――ベビーカレンダー様は、打診内容を見ていかがでしたか。

安田 ベトナムを含めてアジア進出への布石になるかもしれないと感じましたね。買収ではなく出資をご希望されていた点も、当社の考えと合致しました。社内で検討して、「可能性があるかも」という話になったので初回面談をセッティングしました。

――海外進出のとっかかりになる可能性を見出されたのですね。面談では、どのような印象でしたか?

安田 私は、事業で大切なのは「人」だと思っています。ビジネスをやっている人が信頼できるかどうか、野望があるかが重要です。その点、羽根井社長は素晴らしい方で、野望を持ってしっかりと経営されているという印象を強く持ちました。

羽根井 私は安田社長の豪快さと事業に対する熱い思い、行動力の高さに感銘を受けました。私はもともとベンチャー企業を経て独立した経緯もあり、安田社長のようなベンチャー気質の経営者が好きなんです。好印象を抱きましたし、いい話になればと思いました。

――お互いの人柄に通じるものがあったと。面談ではどんなことを話されたんですか。

羽根井 私からはベトナムの食育環境の現状や、当社のビジネスモデル、今後の展開を含めたビジョン、調達希望額などを説明しました。D2Cをゼロイチで始めることに対して、安田社長からは「うまくいかなくても何とかなる」とおおらかな目線で語っていただいて、嬉しかったのを覚えています。

安田 私はベトナムでのインターネットビジネスについてあれこれ質問しました。興味深かったのは、ユーザーのインターネットへの接し方です。例えば新しいサービスを立ち上げる時に、日本ならまずウェブサイトを作って、その後SNSに取り組んでという順番になりますが、ベトナムではスマホが基本インフラなので、ユーザーの情報収集の入り口もSNS・アプリになっていると説明されました。

私は日本で長くインターネットビジネスに携わってきましたが、ベトナムのインターネット産業は日本とはまた違った発展をするはず。そのような点が日本と違って面白いし、今後の日本市場にとっても参考になるかもしれないと思いました。

一番のハードルは「書類の手続き」。文化の差を活かしてシナジー創出を狙う

――初回面談後はどのように交渉が進みましたか。

羽根井 私からは、初回面談で出た話に基づいて、どのようなかたちで協業できるかをまとめた資料を送付しました。『TasteShare』とのサービス連携による協業、ベビーカレンダーのベトナム語へのローカライズやサービス運用などのご支援、ベトナムやASEAN進出のご支援、ベビーカレンダーさんのクライアントに対するベトナムでのリサーチや販売代理、といった内容を記載しました。

竹林 その資料をいただいてから当社内で話し合い、4月半ばの経営会議で出資の意向を決めました。その後はWebミーティングやチャット等で羽根井社長とやり取りしながら、具体的な出資時期・調達スキーム・契約内容などを詰めていきましたね。

――スピーディーですね。そのまま契約締結までスムーズに進まれたのでしょうか。

竹林 いえ、書類関係が一番の難関で。かなりバタバタしましたね。国内の手続きであれば問題なく遂行できたと思うのですが、やはり国境を跨いでいるので勝手が違うんです。特に、ベトナム政府が認める書類の形式に合わせたものを用意する必要があり、その作成が煩雑で大変でした。

羽根井 通常、日本からベトナムへの資金調達は、日本やシンガポール経由のスキームで行いますが、今回は日本から直接エクイティファイナンスでご出資いただくスキームとなったため、苦労をしました。

ベトナムは社会主義の国ですし、制度面で日本とは違う点がたくさんあります。海外からのベンチャー投資など、ファイナンスに関する環境やノウハウがまだまだ整っておらず、独自のルールなどがあるんです。実現方法のリサーチから政府への手続手順、必要資料にいたるまで難易度が高く、今回の資金調達をするにあたって当社も最も苦労したポイントでした。

日本側でもたくさんの資料が必要になり、大変だったと思います。ベビーカレンダーさんには、資料のご準備など真摯にご尽力いただき、大変感謝しております。

――出資の決定はスムーズだったものの、その後の実務的な手続きがハードルだったんですね。しかし、その障壁も無事に乗り越え、2022年7月初めに契約となりました。今後の協業予定などがあれば教えてください。

安田 まずは情報交換からですね。当社としてもまだベトナムについてきちんと理解しているわけではないので、タイミングを見てWANNAさんのオフィスを訪問して、いろいろと聞きたいと考えています。その後は、『TasteShare』とのサービス連携やベビーカレンダーのベトナム語へのローカライズなど、可能性がありそうな取り組みを順次進めていきます。

羽根井 『TasteShare』のユーザーは20~30代の女性が約8割で、ベビーカレンダーのターゲットと重なっています。特に、ベビーカレンダーさんがお持ちの離乳食のコンテンツなどは『TasteShare』でも受け入れられると考えています。そういったニーズを探りつつ、協業の仕方を模索していきたいですね。

面談を重ねるなかで、自分のなかで整理ができてないことが見えてくることがあるのですが、ベビーカレンダーさんとの交渉の過程でも新たな発見がありました。特に、「既存のコンテンツ事業もまだまだ伸ばす余地がある」とおっしゃっていただいたことは、とても印象に残っています。出資いただいた分、今後しっかりとシナジーを出せるようにがんばりたいと思います。

――本日は貴重なお話をありがとうございました。




■本ディールの経緯
2019年11月22日 ベビーカレンダーが『M&Aクラウド』に掲載
2020年6月30日 WANNA LLCが『M&Aクラウド』に登録
2022年3月30日 WANNA LLCがベビーカレンダーに打診
2022年3月31日 WANNA LLCからベビーカレンダーに事業内容に関する資料を送付
2022年4月8日 初回面談(WEB 双方の事業概要や市場概況の共有)
2022年4月12日 WANNA LLCからベビーカレンダーに想定シナジーに関する資料を送付
2022年4月15日 ベビーカレンダー取締会にて出資意向決定
2022年4月19日 2回目面談(WEB 出資時期・調達スキーム・契約内容などの打ち合わせ)
2022年6月15日 ベビーカレンダーの取締役会にて契約内容が決定
2022年7月8日 契約締結

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